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しなしなのチョコモナカジャンボを食べながら書いた話

 特異な能力を得た主人公が世界を救う。
良くありふれたチープな物語だ。
チートの様なスキルを用いて世界を救った上に女の子にもモテモテなんてご都合主義も良い所だ。

 現実はもっと平凡で残酷なのだ。

例えばジャンケンで負けて代返の為に取ってもいない授業に参加している、この状況の様に。

 回って来たカードスキャナーに人数分の学生証をスキャンさせる。これで目的は果たした。
授業の終盤だが、これ以上ここにいる理由も無い。退散しようと教室の奥のドアへコソコソと向かう。ドアに手を掛けて教授の呼吸に合わせてドアを開こうとした時に、不意に窓際の席が目に入る。

 碧色のワンピースを着て、長い髪を一つに束ねてノートを取る彼女がそこにいた。カーテン越しの淡い陽の光に縁取られた彼女はモネの睡蓮の様だった。
ドアに手を掛けたままその姿に見惚れていたが、チャイムの音で我に返って教室を後にした。

 友人達と中庭で合流し学生証を返す。
このまま昼飯にでも行こうと誘ったが、友人達は代返上がりの僕を待つ間に近くのラーメン屋に行ったらしい。
あの店のチャーハンは美味しい、そう思いだすと食べられなかった事に無性にイライラしてきた。

 やはり、現実は平凡で残酷なのだ。

 一人なら面倒だと購買でパンを見繕う。
チャーハンが脳裏にこびり付いていて正直パンに向き合ってはいられない。適当に手に取るとレジに向かう。
 レジ近くの冷凍ケースに、あのモネの睡蓮が。先程の彼女だ。

 彼女はブツブツと独り言を言いながらチョコモナカジャンボを選んでいるようだった。
おそらく僕が購買部に来る前から悩んでいるのではないかと思う。
レジに向かうには彼女の隣を通り過ぎる必要が有るのだが、真剣に悩んでいる彼女はレジ前の通路を少し塞いでいて、そのままではレジに辿り着けない。
「すいません、ちょっと良いですか」
と声を掛ける。
「はっはい!」
とびっくりした声を出して僕と目が合う。
その後、察したように邪魔でしたねと通路を空けてくれた。

 声を掛けられてビックリしたのか手にはチョコモナカジャンボを持っていた。
「あー、しなしなのモナカアイス好きなんですか?」
何気無く声をかける。
「そんな!パリパリじゃないチョコモナカジャンボなんてカレーの無いカレーライスじゃないですか!」
 カレーの無いカレーライスはもうライスだから、その例えならライスの無いカレーの方が良いような気がするが。
「あー、今持ってるのしなしなですよ、パリパリならそれの右のやつだと思います」
 それを言うと僕はレジにパンを置いて清算する。彼女はきょとんとしていたが手に持っていたアイスを取替えレジに並んだ。僕は軽く彼女に会釈をして購買部を出た。

 隠す事でも無いのだが僕には1つ特異な能力が有る。
パリパリのチョコモナカジャンボを見分けられるのだ。いや、見分けられるというよりはモナカの聲を聞き分けられるのだ。少しでもチョコモナカジャンボが動けば必ず聞き分けられる。

 ただ、この能力の事を説明するのも面倒くさいし、手間を掛けて誰かに説明した所で世界が救える訳でもない。だから、僕はこの能力を誰にも話していない。
どうせならもっとマシな能力があるだろう……。
それについては僕も何万回も思ったことだが、天から授けられたのだからどうすることも出来ない。
 
 現実は平凡で残酷だ。

 次の日、授業が急に休講になり暇を持て余してしまった。こんな時こそ友人とチャーハンのリベンジと思ったのだが水曜日に午後まで授業を取っているのは僕一人なので中庭のベンチでさてどうしたものかと考えにふける。
 
 ふと中庭の向こうを見ると、昨日のモネの彼女が居た。特に意識した訳では無いが着ているワンピースがリンゴとオレンジの柄で良く目立つのだ。
 昨日はモネで今日はセザンヌなんだなと眺めて居ると彼女と目が合った。咄嗟に目を反らしたのだが、彼女はベンチに座る僕目掛けて一直線に歩いてくる。
どうしよう、ジロジロ見過ぎたか。

 「ねえ、昨日はありがとう」
続けて彼女が言う。
「なんであのチョコモナカジャンボがパリパリって分かったの?」
「いやあ、何となく?としか言い様が……」
彼女は僕の回答に少し不満気な顔している。
「まあいいわ、これから一緒に購買に行きましょうよ。また選んでよ、パリパリのチョコモナカジャンボ」 
断れる雰囲気では無い。

 印象派のワンピースの彼女と購買部に向かう。
彼女はキラキラした目で時折僕を見る。
購買部はもうすぐそこだ。

 現実は少しだけ平凡では無いのかも知れない。

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