マガジンのカバー画像

[私小説] 霜柱を踏みながら

24
私小説です。時系列でなく、思い出した順番で書いてます。私の個人的な思い出の物語です。
このマガジンは私の私小説風のエッセイで、月に3本くらい2000文字前後の作品を投稿していく予定です…
¥100
運営しているクリエイター

2021年4月の記事一覧

別人になりきれない苦悩と終の快楽

一歩進むごとに、過去の一歩が失くなっていく。 いつかこの場所もゼロになってしまうのだろう。 『霜柱を踏みながら 10』 『あんた、盲(めくら)なの?』 その台詞がどうしてもうまく言えなかった。何度も何度も演出家の「違う!」というダメ出しを受けてもう何が何かわからなくなっていた。若干16才の小娘にこの台詞は強烈すぎた。今でも映画や演劇を観ていると、この台詞をいうのに苦労したんだろうなと思う台詞が必ずある。それが言えたらピシッと芝居が決まる。言えないまま続行された芝居はどこか

神様は、ときどき優しい顔をする

一歩進むごとに、過去の一歩が失くなっていく。 いつかこの場所もゼロになってしまうのだろう。 『霜柱を踏みながら 9』 私は生まれてこのかたずっと無宗教だ。ほとんどの日本人と同じように、大晦日にはお寺の除夜の鐘を感慨深げに聴き、年が明けたら神社に初詣に行き、お盆にはお寺で手を合わせ。ハロウインにこそ手を出してはいないが、クリスマスになればチキンを食べ、煌びやかなケーキも食べる。心の底から何らかの宗教を信仰されている国の方からすれば、なんて優柔不断な国民性なんだろうと思われてい

混沌が閉じ込められた部屋

一歩進むごとに、過去の一歩が失くなっていく。 いつかこの場所もゼロになってしまうのだろう。 『霜柱を踏みながら 8』 ある日、唐突に父が家出をした。ある日...などと呑気に表現するにはあまりの出来事に我が家は、特に母は狂うかと思うほど狼狽えていた。父は数日分の着替えと我が家の全財産が入った貯金通帳を持ってメモ書きひとつ残さず家出した。 朝から「お父さんがいなくなった」と大騒ぎする母を、何が起こったのか把握できない私はぼんやりと見つめるしかなかった。11才の夏休みを母の実家