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楽曲手直しが苦手な音楽家向けTips

音楽製作を依頼するクライアントは、基本的に音楽の素人です。自分で作れるなら依頼はしませんからね。
素人相手に楽曲製作の仕事をする際、どうしても避けられないのが「思ってたのと違う」とか「イメージ通りじゃない」といったすれ違いです。

仕事の場合、これらのイメージをすり合わせる手直しが発生する場合があります。場合があるどころか、だいたい手直しが必要になります。
ところが多くのミュージシャン・音楽家にとって、手直しは苦痛でしかありません。

僕もそうでしたし、今でもそれほど得意ではありませんが、楽曲製作の仕事を重ねるうちに「こう考えればいいのでは?」という知恵がついてきました。
手直しが苦手、あるいは絶対やりたくないという方にとって、少しでも役に立てたなら幸いです。


はじめに

クライアントの皆さんに知っておいてもらいたいのは、とにかく音楽の手直しはしんどい作業だということです。
もちろん冷静に考えれば、お互い「いい作品を作りたい」という気持ちで製作に望んでいるはずです。ですが、少なからず生みの苦しみを経た我が子のような音楽に対して否定されるのは、感情的に許せないという音楽家は多いのです。

なので、よろしければクライアントさんはまず楽曲完成を賛美して、ここが好きだとか、かっこいいところを挙げた上で手直しの交渉に入ることをお願いしたいのです。それだけで感情的なトラブルはだいぶ防げるはずです。
そして可能であれば、製作する前の段階でしっかりコミュニケーションを取り、音楽だけでなく製作を依頼する背景などを話せる関係になれば、音楽家はより深い音楽知識を与えてくれるはずです。

仕事だからと割り切って手直しをするにしても、心中穏やかではないということを、少しでも理解していただけたらと思います。

それを踏まえた上で、楽曲手直しについて作る側がどういう考えを持つ方がいいのかを並べていきます。

<目次>
Tips① 「合作である」と合意しておく
Tips② 「一番大切にしていること」を聞き出す
Tips③ 細かい発言をメモする
Tips④ 解説も音楽の一部
Tips⑤   自分向けに課題を設定する
Tips⑥ 手直し報酬を上げる

Tips①  「合作である」と合意しておく

クライアントと「どんな楽曲にしましょうか」という話をする際、これから作られる作品はクライアントと音楽家による合作である合意を取ると、手直しの作業も順調に進められる。

仕事で音楽製作を請け負う場合、この作品の主導権はクライアントが持つことになります。
しかし音楽製作者側も、その作品は自分の名刺代わりになるので、下手な作品を世に送り出したくないというプレッシャーの中で製作します。仮に名前を出さなくても、その作品は自分の作品ですからね。

こういうプレッシャーに対抗する考え方は、仕事での製作はお互いの合作であることを理解することです。
そして出来ればクライアントに「合作ですので」と合意を取っておきましょう。

クライアント側にしてみれば責任を負わされる形になり、いい顔をしない方もいるでしょう。ですが、主導権はクライアントにあり、製作はその依頼によって作っているのだと、相手に自覚させた方が真剣にコミュニケーションをとってくれます

ネガティブな言い方をすると、作った音楽について「自分は素人なのですが」と前置きしながら、今まで聞いたことないようなイメージを語られたりもします。
「それ先に言ってくれよぅ・・・」みたいなケース、多いです。
そういったトラブルを避けるため、ちゃんとコミュニケーションを取ろうという気持ちにさせるのです。

合意を取ると言っても、別に念書にサインするほどのことではないと思います。ちゃんと「一緒にいい作品を作りましょうね」という口約束でも十分です。
ただ、相手が理不尽な言い分を持ち出した際は「この案件は合作なので」と、お互いに責任がある点を強調することで、手直しもスムーズに解決していくでしょう。




Tips② 「一番大切にしていること」を聞き出す

音楽の内容以前に、クライアントが仕事なりプライベートなりで一番大切にしていることを聞いておきましょう。マーケット売り上げが重要なのか、それとも社会貢献のためなのか、楽しむためなのかを軸に製作・手直しを進められます。

僕はクライアントの一番偉い人と直接話せる機会が多く、担当者よりも代表と話ができたらスムーズに進むと実感しています。
逆に、担当者があんまり依頼するべき内容の主旨を理解していない場合、その人は中間管理職みたいな苦しさでもって会議に出てきます。

つまり手直し=伝言ゲームのミスを処理することなってしまうのです。
これでは大変効率が悪いし、手直し依頼をしている担当者自身もバツが悪い。

そういうケースで効果的なのは、クライアント全体における一番大切にしていることを尋ねることです。
例えば会社からの依頼であれば、社是やモットーを聞き出しておこう、という意味ですね。
プロジェクトならば、その企画をどういう方向に持っていきたいのかとか、将来的にどういう存在にしていきたいのか、更にはその活動によって社会をどう変化させるのか、などを聞くと単純に話も盛り上がるしお得です。

そして、一番大切にしていることに軸足を置いたアレンジや作曲を目指します。これについては後述しますが、例えば社会貢献を目指すプロジェクトに破滅的なハーモニーを多用しちゃいけないし、華やかに世に出るぞと思ってるプロジェクトに静かで悲しい楽曲は似合わないですよね。

それは単体の楽曲以上のことではあるものの、クライアントやプロジェクト全体のデザインやトーンに関わる問題です。そして、その流れの一曲になるのですから、大きな筋から極端に離れたものを作らないためにも「一番大切なこと」は聞き出しておいた方が無難です。

手直しの段階でも、この「一番大切なこと」を考えて作った旨を予めプレゼンしておくと納得されるケースが多いです。
その上でイメージが違うのであれば、それはまた原点に立ち返って会話を重ねるのです。

聴いた印象や直感で、思いつきで手直し依頼をするクライアントが多いのも実情でしょうから、事前に相手の印籠を握っておくとコミュニケーションも取りやすくなります。
これは相手より優位に立とうという意味ではなく、製作者の意図を聞いてくれる環境にコントロールしていく効果の方が大きいのではないかと思います。
こと音楽は思いつきでケチをつけられがちなので、しっかりドキュメントを取っていこうね、という話です。


Tips③ 細かい発言をメモしておく

会議で出てきた言葉をメモに残しておきましょう。手直しの際にまるで違う意見を出された場合は「言っていることが違う」とメモを提示できます。イメージの食い違いがあった場合でも、メモに追加して書き込むことでトラブルが防げます。

②と近いのですが、大切にしていること以外でも細かいイメージを吸い上げておいた方が製作の手助けになります。
クライアントが例え話やイメージを抽象的に語る場合、それらをメモしておけば、あとから俯瞰して共通項を探し出せる可能性が高いです。

例えば「一番大切なこと」を語らせるとき、「でも実際はそれも難しいんですよねぇ・・・・」みたいな弱みを見せたなら、そういうところまでメモしておきます。
それ以外でも「最近はあのアーティストが好きで聴いてる」みたいな情報は絶好のヒントです。必ず固有名詞をメモします。

発言や会話の流れやテーマを聞くことで、クライアントが本当に望んでいることを垣間見ることができます。
社是が「清く正しく」であっても、担当者は「激しく強く」を望んでいる、そんな矛盾が立ち上がることは珍しくありません。

その両方をなんとかして楽曲に取り入れるのがミュージシャン・音楽家の手腕ではないでしょうか。
音楽なら、矛盾も両立できたりするもんですからね。
これは一種のデザインですね。

つまり、表向きの「一番大切にしていること」と、タテマエではない「本当にやりたいこと」の両方を聞き出せたら最高です。
ですが後者は中々直接は言い出しにくいものです。
なので、話の端々に登場するワードや話題をメモすることで、こちらから「(表立って言いにくいけど)本当にやりたいこと」を察するようにしてやると顧客満足度が高まります。

クライアントも、音楽でどれだけのことができるか半信半疑ですので、とりあえず軽い気持ちでおしゃべりしながら、本当の望みを聞き出しておき、メモにとっておきましょう。
製作の際、手直しの際、そのメモはきっと役に立ちます。


Tips④ 解説も音楽の一部

会議で登場した言葉を音楽表現に置き換えてみましょう。そして「この部分は会議で話していたアレです」とプレゼンしましょう。作者の意図を伝えることによってクライアントの聞き方も変化し、よい顧客教育にもなります。

①〜③まではコミュニケーションについてのTipsでしたが、こちらは製作側のコツみたいなものです。

テーマが「雨」だった場合、雨を表現した音をどこかに入れる必要があります。
それは音色であったり、例えば旋律が上から下に流れていくようなものであったり、表現は様々あるでしょう。
クライアントと話し合った中で登場した言葉が「ここがそれです」と言えるようなアレンジにして、それをプレゼンする機会をいただきましょう。
すると、言葉と音楽表現がつながることを知らない人にとっては、まぁまぁ衝撃を持って受け止められます。

こういった、イメージをどう表現するかに職業作家の自由裁量があるのです。
だからそもそも、クライアントと合作する際に「好きにやってください」という言葉は「(テーマはこういう感じで枠はこんなですけどそれを元に)好きにやってください」というハイコンテクストなんですよね。めんどくさいやつですね。

ですが、これは仕事であり合作なのですから、自分の好きな表現は自分の管轄でやるべきであって、あくまでクライアントのために作っていることを忘れるべきではないです。
クライアントの意向を作者がどういう意図で表現したのか、これをしっかりプレゼンできるような作品が望ましいのです。

プレゼンする機会がない楽曲製作依頼は、できるだけ避けた方が心に優しいです。
逆に、楽曲プレゼンを口頭でできた場合、クライアントは音楽を聴く力を身につけ始めます。よい顧客教育になりますよ。

「音楽は聴いて感じてくれ」だけでなく、そういった解説もギャラの一部だと考えることで、手直しに際しても納得のいく作業ができるようになります。



Tips⑤ 自分向けに課題を設定する

楽曲製作中に自分が使いたかったアイデアやプラグイン等を決めておくことで、音楽表現や音色作り・操作に慣れていきます。使ったことのないアイデアを敢えて仕事で実験してみましょう。

作る段階になって、どういう音色を選ぼうか迷っちゃうケースは少なくありません。仕事だと既に表現すべきテーマも決まっている場合がほとんどなので、どこから手をつけたらいいのか分からなくなるケースがあります。

そんな時、あえて「使ったことのないプラグインシンセ」とか「使ったことのない機材・楽器」を選ぶ縛りプレイがおすすめです。

逆に言えば、いざ鍵盤の前に座って、ギターを抱えて「どうしたものか・・・・」と悩んじゃう場合、それは「いつもの環境」に縛りプレイしているみたいなものです。
あえて使ったことのない、制限された環境を作って新鮮な気持ちで製作することで、手グセ・手垢で作れないイメージの世界にタッチしやすくなります

「このシンセで炎を表現するには・・・・」とか「このプラグインを使って海を表現してみよう」といった、より原始的な情熱を呼び起こせたなら、そこから出発して製作を進められます。

後になって「ああ、やっぱりここピアノだわ」と差し替えてもいいんです。シンセリードじゃなくてディストーションギターにしよう、と音色を変更しても初期衝動は残るものです。

そして、そういう製作過程はクライアントに説明する必要はありませんから、自分が仕事を終えるにあたり「この件で勉強になりました(プラグインの)」などと、勝手に勉強できるし本心だし、一石二鳥です。

手直しを受ける際も、「まぁ使い慣れてないの使ったもんな、仕方ないな」と諦めもつきやすい。ここにきて急に消極的なTipsですが(笑)


Tips⑥ 手直し報酬を上げる

手直しに対してしっかり報酬を要求しましょう。目安となる額は「製作報酬÷何回手直しを許せるか」です。キャリアに合わせて設定しましょう。

残念ながら、いまだに音楽製作への報酬を渋る人は少なくありません。しかも、渋る人に限って手直しの回数が多い傾向にあります
僕も仕事を始めたばかりの頃は「これも勉強」と思って、何度も何度も楽曲手直しをしていました。多い時には20回以上の手直し要求に付き合ったこともあります。
それが自分なりにインセンティブがある仕事なら、甘んじて受けていい。

ですが、理不尽な手直しを要求するクライアントもいます。ミーティングでまるで触れられなかったテーマが登場したり、「やっぱりこっちが良かったです」とそもそもの方針を変更するようなケースです。

そういったダメなクライアントに当たることも少なくないので、あらかじめ報酬について話しておくことはとても大事です。
特に手直しについて、「手直し込み」の額なのか、「手直しは追加料金」での額なのかはハッキリしておいた方がいいでしょう。

僕は基本的に手直し込みの額のプランを中心に仕事を受けますが、それだと最初の額面が大きく敬遠される怖さがありますよね。
なので「手直しは追加料金です」というプランを用意しておきます。

追加料金の決め方は、


手直し料金 = (元報酬額)÷(手直しが許せる回数+欲しいアイテム数)

がオススメです。
つまり、「2回くらいは手直しも勉強になるか、それ以上は許せぬ」という場合、それとは別に、いま欲しいアイテムを数えることです。機材でもプラグインでも、なんでも構いません。

欲しいものの為に仕事を頑張れます

なので例えば10万円の仕事の場合、手直し2回までOK、欲しいもの3つくらいある場合、

100,000÷(2+3)=20,000[円]


です。これだと5回手直ししたら2曲ぶん作る額になります
この額が強気に見えるかもしれませんが、そもそも手直し料金は見識のない”お客様”をブロックする防波堤なので、これで渋る場合は金輪際サヨナラでいいと思います。
もしくは、クライアント側が「勉強だと思って」と、ミュージシャンと付き合いたいケースもあります。それにしても授業料だと思えば、このくらいの額を提案するのは決して高くはないはずです。

「手直し込み」の額で楽曲製作する場合も考え方は同じで、元報酬に対していくら払ってもらったら手直しするのが苦にならないかをイメージして、あらかじめ追加しておきます。

手直し込みの額の方が追加の手直しよりちょっとリーズナブルなくらいにコントロールすればいいでしょう。
手直しが苦手な方は、予め思い描いてる1.5倍〜2倍くらいのコミコミプランを設定してもいいと思います。

苦しんで手直しを受け入れ音楽が嫌いになるくらいなら、それなりの報酬を要求して納得するのも、大人のやり方というものです。



僕は仕事での製作は音大の課題みたいなものだと思っています。
大学では課題をもらうのにお金を払ってたんですよね。
それが仕事ならばなんと、課題がもらえてお金も貰える!!という考え方だと、結構ありがたくないですか?

それによって自分がレベルアップできるような仕事。
手直しだってイメージと音楽を合致させる課題ですもんね。

とはいえ、知識も技術も費やして作った音楽にケチつけられるような気分になるのが、手直しというものです。

一番大切なことは揉めないことです。
ですが、それはミュージシャン側が折れることではなく、言葉によって説明し、合意を取りながらコミュニケーションを重ねる、いわゆる『仕事のやり方』に過ぎないのです。

自分に足りないところが沢山見つかってヘコむのも音楽の一部です。
ぜひ揉めることなく、音楽の仕事を乗り切ってくださいね。
その楽曲、きっと役に立っていますから。


このコラムは加筆予定です。ある程度の量になったら有料化も考えています。お役に立てたら幸いです。
牛心。
高知在住の音楽家・ギタリスト。甲陽音楽院卒業、バークリー音楽院中退。よさこい祭りの参加チームに100曲以上の楽曲提供実績。数々の本祭受賞チーム、高知県以外からの依頼も多い。現在、よさこい祭り以外の音源製作も手がけている。1980年生まれ。

サポートなんて恐れ多い!ありがたき幸せ!!