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#005 子牛繁殖を取り巻く現状

 1月17日(水)に開催された島根中央家畜市場の初競り。和牛需要の減退、資材・飼料の高騰などによって肥育農家の購買意欲は著しく低下しており、結果子牛市場相場は低迷…というようにネガティブな材料が揃っています。市場全体を踏まえればそのような評価になるものの、一方で平均購買価格の倍の価格で競り落とされた子牛も。
 どんなに状況が悪くともそれは全体として見た結論。そんな中でもしっかりとした評価を受けた子牛は存在しています。その評価された牛を目指して生産者は研鑽を積んでいく一方でその手法がかなり限られているとも感じます。生産者の取り組みと現状、その難しさを今回の競りを結果を踏まえて今一度整理してみます。


〇島根中央家畜市場の初競り

1.初競りなのでニュースになっていた

 三本締めを行う様子が動画になっていますが、その場に居合わせることができませんでした。朝の冷え込みで牛舎の一部水場が凍結しており、その対応に時間が取られて到着が遅れたからです。
 さて、初競りの平均価格は昨年比12万円安の52万。飼料・資材の高騰を考慮すると子牛に投下できる資金が厳しくなっていることが伺えます。この平均価格は去勢・雌牛の合算で個別に見ていくと、違う印象を抱きます。

 入場頭数:281頭 / 取引頭数:269頭
 全体平均 52万
 去勢:150頭
    平均55万(最高 85万 最低8万)
    平均体重304kg
  雌:119頭
    平均49万(最高104万 最低8万)
    平均体重282kg

 ちなみに取引価格は出場頭数にも影響を及ぼします。取引価格が低迷しているときは、良い血統の雌牛を母牛として残す傾向があるため、雌牛の頭数が減る一因になります。一方で雌牛に比べて大きく成長しやすい去勢牛を生産するため、雌雄分別の精液ストローを活用することもあるので去勢牛が増えている可能性もあります。

2.最高価格の子牛

今回最高購買の血統は以下の通り。

 301kg(239日齢)
 父牛:北美津久
 2代祖:諒太郎
 3代祖:安福久
 4代祖:勝忠平
 ...104万
 体重=日齢が発育の良し悪しの目安ですが、体重が大きく上回っておりこの発育状態を非常に評価されたことが伺えます。父牛の血統である「北美津久」ですが、以下の通り盤石な肥育成績が報告されています。

3.今の相場は8年前と同水準

 丸山知事の挨拶でもあったように飼料価格が高騰しているにもかかわらず、一時期に比べて子牛の引き合いが弱い状態です。平均価格が8年前と同水準で近年の子牛価格の高騰によって新規参入・世代交代が進みつつあった子牛繁殖農家の営農計画を狂わせるのに十分すぎるインパクトであることは言うまでもありません。
 平均価格が下落し、試算する生産原価を下回った場合、肥育であれば手厚い補填制度が存在します。一方で子牛生産に関してはこれまで発動機会がなく、改定などがなされていなかったため実態に即した形での支援とはなっていません。(尚、肥育側の支援も掛金の負担が大きいといった課題を抱えています)

〇どのような子牛が評価されているのか

1,なぜ雌子牛の方が高かったのか?

 去勢子牛を買う目的は100%肥育目的ですが、雌子牛は肥育目的以外に繁殖母牛として引き合いも存在します。母体とすれば良い血統の子牛の生産が見込めるため、より高額の資金を投じる場合も散見されます。
 近年ではホルスタイン種に和牛の受精卵を入れることによる体外受精の技術が進歩しており、和牛子牛の出荷頭数が増加する一因となっています。体外受精であればより多数の子牛生産が見込まれ、結果的に非常に高額な取引につながる事例も出てきています。

2.平均以上の価格で取引された子牛は?

 66万以上で競り落とされた子牛のうち、前段で紹介した「北美津久」、抜群の成績を残している「福之姫」の血統が半分を占めており、このラインの購買者はこの血統を意識して導入していることが伺えます。その子牛達の平均体重が321kgと血統・発育いずれも兼ね備えていなければならないことが良く分かります。一方で体重が350kgを超える子牛の平均価格が68万円であり体重割合に評価が抑えられており、子牛時点での過肥を懸念していることも推測できます。

〇良い子牛とは? 

1.サシ(脂肪交雑)が良く入り、大きく成長してくれる子牛…だけど?

 子牛繁殖農家は生後9~10ヶ月時点でサシ(脂肪交雑)が入るのか、大きく成長するのかといった基準の期待値を評価され、子牛の価格が決定されます。肥育農家はそれら期待値に加え、「いくらで導入できたのか」所謂費用対効果の基準も追加されます。
 いくら期待値の高い子牛だからと言って、肥育後の売上と比較して過剰すぎる仕入値であった場合、単純に「良い子牛である」という評価はし難くなります。特に昨今のような資材の高騰による経費負担が大きくなっている場合、子牛の導入価格が抑えられてしまいます。これでは子牛繁殖農家の経営を圧迫し、生産意欲を失うことになりかねません。

2.「子牛価格を上げる」には良い子牛をつくればいい?

 子牛繁殖農家が子牛価格を向上させようとすると肥育農家に評価される子牛をつくるしかありません。市場を通じて販売することが一般的で、競りによって価格が決まるため、価格決定権がないのです。
 枝肉価格が上昇することによって、肥育農家は導入意欲が増し、子牛価格へ波及していきます。このとき肥育農家は自ら肉に値段をつけるなど販売価格を上げる取り組みによって主体的にこの流れに作用を及ぼすことができる一方で子牛の繁殖農家はこの流れに介入する機会を自ら作ることが難しい状態にあります。

〇理想は「田中畜産」

 子牛繁殖農家は販売先が肥育農家であるため、血統・発育以外の評価が難しくなっています。評価ポイントが少ないことは取り組みの幅を狭める結果になってしまうので、良い血統の子牛を母体にして良い血統の種を人工授精するしかありません。発育も手が抜けないので餌も十分なカロリーのあるものから変更もできず、昨今の経費の高騰で経費が経営を圧迫してしまいます。
 理想としては子牛生産をし、削蹄帥でもあり、経産牛の肥育・販売まで手掛ける田中畜産のスタイル。SNSの発信も積極的に行い、肥育農家・消費者いずれからも高い評価を受けています。子牛生産のみではなく、複数分野との相乗効果を模索する必要があると考えます。

最後までお読み頂き、ありがとうございます。
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