飯と煩悩

 料理に関する煩悩ほどお手軽で厄介なものはないと思う。

 食べるという行為自体のハードルは低いのだが、その割に一度食べたら忘れられない料理が世の中には多すぎる。全国各地、海外にだっておいしいものは存在していて、その場所に行きさえすれば食べられる。が、もう一度体験するのは意外と大変だということをいつも忘れてしまうから、どんどん煩悩が増えていく。

 対象が食品そのものであれば通販でなんとかなることが多いが、料理となると店か人に縛られてしまい、距離があるほど「おいしかった記憶」は煩悩と化す。特にもう無い店とかいない人のそれに捕まると、いつまでも頭の中で反芻してはガッカリするから面倒なことこの上ない。

 現時点での飯にまつわる煩悩は学生時代に食べた京都の飯が大半を占めているのだが、最も根深いと自覚しているのは地元の中華料理屋のあんかけ焼きそばである。何故かラーメンどんぶりに盛られて出てくるそのあんかけ焼きそばは、なんていうか他のものとは一線を画すコク深さを持っている。見た目も具材も普遍的な五目焼きそばのくせに、異常なほど後を引く旨味を感じるのはあの店だけだ。もう1回食べたいものリストのトップ争いからいつまで経っても降りる気配がない。

 まあでもこの店、実は潰れたとかそんなんではなく、全然まだ営業している。だったらさっさと食べてしまえという話なのだが、いざ帰省するとせっかく帰省したのにここで中華料理屋行くか?となって行かない。じゃあ地元の友達と約束すれば…と思っても2駅先の繁華街あたりで店を設定してしまう。要は『いつでも食べられるからいつまで経っても食べない』枠になってしまっているのだ。こうなると一生食べない気がしないでもない。

 そのくせあの味を追体験したくて中華料理屋に入るとついあんかけ焼きそばを頼んでしまい、「この味じゃないんだよな…」と微妙に落胆する。味自体は旨いと思っているのだけれど、旨過ぎるものを知っているが故に満たされない。学生から社会人になって、出張しては様々な中華料理屋に入っているが同じ味には巡り合えていないので、結局はあの店でしかあの味は体験できないのはわかっているのだけど、いつでも行けるから逆に行くタイミングがない。そうして別の中華料理屋に入ってはガッカリする。あまりに不毛だ。

 この煩悩を抱えてから早7~8年は経っていて、放置してもとことん深まるばかりなので次々回の帰省くらいには食べに行きたいのだが、ここまで拗らせてしまったために今度は思い出の味として美化されてないかという心配が出てきている。多分そんなことはないので早く行け。

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