掃除屋さんで独立する~④

前回は「方向性」という漠然としたテーマで書きました。

今回は僕の会社のスタイルを書いていきたいと思います。

株式会社Beクリーン

株式会社Beクリーンは僕の父、加藤千善(カトウカズヨシ)が母と共に2006年の4月ごろに個人事業主で始めた会社です。

僕は同年の5月ごろから一緒に仕事をしています。同年の12月に株式会社として登記しました。

父は玄関マットのレンタルを主な業務にしている会社の専務として20数年働いていました。玄関マットのレンタル業の他に清掃の部門も立ち上げ、地元ではある程度知名度もあり中堅の掃除屋さんとして地位を確立していたと思います。

社長と社長の奥さんが父と色々と合わなくなってきて、父が退職しました。世間には「リストラされた」と公言しています(笑)

僕は大学卒業後にフリーランスカメラマンとして仕事をしていましたが、一番仕事を頂いていたホテルが倒産し、仕事が無くなり、大学で学んだ社会福祉の知識や資格を活かすべく福祉施設に就職。

朝は7:30頃出勤。退勤は深夜2時頃。休日は月に1回程度。給料は手取りで10万円にも届かない。そんな職場でした。

仕事は楽しかったですし、給料が安いという不満はあったもののこれが原因で辞めようとは考えずにいましたが、色々な事情が重なり退職しました。

退職したのが、ちょうど父の退職とほぼ同時期でやることが無いので、父の仕事に加えてもらいお金を稼がせてもらえればという気持ちでした。

仕事がない

当たり前ですが、開業当時は殆ど仕事がありません。

父は元々営業担当でしたから現場が得意ではありません。僕と母は他の掃除屋さんへアルバイトへ行きお金を稼ぐとともに、現場作業のノウハウを学びました。

そうこうしているうちに父が独立するなら応援すると言ってくれる取引先が増えてきて、仕事はものすごいスピードで増え続けました。

働き方改革で就業時間を短く、給料は上げようなんて時代ですが、開業から数年はそんなことも関係なく、朝から日付が変わるまでひたすら、色々なお部屋や家を掃除していました。

最初の転換期

ある程度仕事が軌道に乗り、僕は結婚して長男が生まれました。

ちょうどその頃僕は重度のアトピーになり体中膿が出て白い肌着が黄色く染まるほどでした。そして生まれて間もない息子も酷いアトピーで体中腫れあがり「悪魔の子供みたいだ」と言われるほどの状態になりました。

そこで僕は「今まで当たり前に使っていた洗剤が原因かもしれない」と考えます。そこから「エコ」「天然」「ナチュラル」「オーガニック」的な洗剤へと切り替えることにしました。

しかしこの類の洗剤は優しい分、仕事で使うには汚れ落ちが弱すぎました。当時のパートさんたちからは大ヒンシュクで「そんなものじゃ仕事が進まない」などさんざん言われました。

それでも「自分たちはキツイ洗剤でこの部屋をキレイにしたって、この洗剤が流れていった下水や、川、海を汚してるんじゃないか?これじゃコンビニのゴミ箱と同じで、車の中からゴミが消えてスッキリするけど、ただゴミのある場所をコンビニのゴミ箱に移動しただけで、何も解決してないじゃないか」と考え、優しい洗剤の使用を進めました。

この洗剤を切り替えることがきっかけで「洗剤だけで汚れを落とすのではなく、技術で落とせれば洗剤の使用量は減るし、優しい洗剤でも勝負が出来る」と考え技術志向に路線を変えることになりました。

落とせなかった汚れが落とせる面白さ

技術志向になることで、日本各地に点在するずば抜けた技術を持つ同業者の大先輩たちと繋がりが出来てきました。この時期に僕が今でも師匠と尊敬するトップクリーナーの方と出会います。

自分で試行錯誤した工法をパートさんなどに伝え品質を向上する。そして使う洗剤は優しいもの。

このころから地元の不動産業者さんや同業者からも「Beクリーンはキレイだ」と言ってもらえることが増えてきました。

そして安かった単価が徐々に上がり始めました。

他社さんでは落とせなかった汚れを落として欲しいという依頼が増えました。

これもまた面白かったです。なんだか自分がすごい技術を身に着けたような錯覚すら覚えました。

越えられない壁がある。第二の転換期。

技術志向で難しい掃除に取り組むにつれて「壁」を感じるようになりました。やってもやっても師匠や諸先輩方の品質には及ばないと。

このころにお世話になった札幌の掃除屋さんは当時の僕では考えつかない分野でしっかりと売り上げを伸ばしていました。

そこで僕も「努力で超えられる壁とそうではない壁がある、自分の適性は何か?自分の適性を伸ばせば独自のサービスを展開できるのでは?」と考え始めます。

このころから始め今に続くのが

・消臭

・除菌

・ハウスクリーニング品質の空室清掃

・ハウスクリーニング業者が行う丁寧なビルメンテナンス作業

・清掃の域を超えたレストレーション(復元)作業

・エアコンの完全分解清掃

というジャンルです。

今でこそ同じ作業を行う同業者が増えましたが、当時はこのような作業を行う同業者は北海道内には少数でした(全国区だとそれなりに業者数はありましたが)。

掃除屋さんは意外とジャンルに縛られがち

掃除屋さんって保守的な人が多くて、自分は空室だけで在宅はやらないとか、エアコンは簡易分解だけ、ビルメン業はやらないとか、ガラスはやるけど外壁は洗わない、など自分で自分のジャンルを限定しがちです。

僕は清掃は全くの素人だったので、ジャンルの概念を持ち合わせていなかったことと、零細と中堅の隙間の仕事、中堅と大手の隙間の仕事という風に、掃除屋さんの業務ジャンル、営業対象などを地図的に並べてコンパスで円で囲み、それが重ならない部分に狙いを定めただでした。

僕の弱かった点は、この分野に他の追随が出来ないような対策を徹底しなかった点です。類似業務を行う業者さんはものすごく増えました。

これまでの「掃除屋さんで独立する~①②③でジャンルや方向性について書きました。でも僕はジャンルを飛び越えた仕事を得意としました。

ジャンルや分野など自分たちが勝手に決めた範囲で仕事をする掃除屋さんが多いです。それがゆえに先に書いたような明確なジャンル分けが可能になってしまう業種です。そこに隙間が生まれます。

ジャンルを無視した僕が守ったことは「自分の会社は賃貸物件の引っ越し前後の掃除がメイン、これから派生する仕事に留める」という事でした。

猫と暮らしていた部屋に次住む人は猫が嫌いな人、じゃー消臭が必要だ。

住んでいた人が亡くなって腐敗した、それでは除菌をしましょう。

空室清掃を頼んだがあまりキレイではない、それじゃーハウスクリーニング品質の清掃を提供します。

マンションの廊下の掃除を頼んだが、ビルメンさんは時間で作業するので、汚れの上にワックスを塗っていく。じゃー時間じゃなくて技術で作業します。

退去済みの部屋に清掃で落ちない汚れや傷がある、それでは新品同様に戻せる特殊な施工で戻しましょう。

賃貸物件にエアコンがついているが、北海道にはエアコン完全分解清掃業者がいない、それではうちがやりましょう。簡易分解よりも引っ越し後のクレームは格段に減りますよ。

といった感じです。

コロナ時代で思うこと

コロナ時代になりBeクリーンもかなりの打撃を受けています。

コロナの影響で引っ越しが激減し、メインの業務がかなり減っています。

正直厳しいです。しかし厳しいからと言って「国のせいだ」「コロナ対策がダメだ」と文句を言っても始まりません。

それでも知恵を絞り僕たちは商売をしなければ生活できません。従業員の生活も守れません。

Beクリーンも16年目に入りました。

これからの10年を考えて次の作戦を考えています。つぎは簡単に他社さんに真似されない商売で行こうと思います。

真面目にコツコツ、技術で勝負、品質で勝負。これでは食えない時代がすぐ目の前だと感じています。

暮らしの〇ーケット、〇ツモア、とかものすごい集客力で低品質なサービスを紹介するサイトの出現や、大手フランチャイズの大規模な宣伝、便利屋さんのハウスクリーニングへの参入、大手ビルメンの業界再編成の中で大手もハウスクリーニングへ参入しつつあるなど、中堅ほど苦しくなる時代です。

それでも僕は「自分の適性さえ見間違わずに伸ばしきることが出来ればまだまだ勝負は出来る」と信じています。




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