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『スティーブン・ユニバース』と『未来少年コナン』の関係について

◆”Future Boy Conan”

 5月28日(土)より、三鷹の森ジブリ美術館で『未来少年コナン』展が始まっている。

 『未来少年コナン』は、当時37歳であった宮崎駿の監督デビュー作である。その後の宮崎作品の原型の一つであり、当時のクリエーターやクリエータの卵たちに多大な影響を与えた。(近年では『映像研には手を出すな!』の冒頭の場面の使われ方が印象的だろう。)
 そして、その影響は時代と国境を越えていた。
 『スティーブン・ユニバース』の監督であるレベッカ・シュガーは、SUが始まって間もない2014年のRedditで、大きな影響を受けた作品として『未来少年コナン(Future Boy Conan)』の名前を真っ先に挙げている。(他に挙げたのは『少女革命ウテナ』と『ザ・シンプソンズ』)

https://www.reddit.com/r/IAmA/comments/2e4gmx/i_am_rebecca_sugar_creator_of_steven_universe_and/cjvz25i/?context=8&depth=9

 実はSUのスタッフ陣による『未来少年コナン』に対する言及例は、今に至るまで枚挙にいとまがない。

(『未来少年コナン』の第一話のラナでさえコニーの面影がある、というIan Jones-QuarteyのTweet。宮崎駿がこのラナの顔を見て”首を吊ろうかと思った”とボヤいたのは有名な話。)

 結果、日本におけるSUの紹介でも『未来少年コナン』からの影響が言及されていることが多い。だが、その「影響」が具体的に何なのかというと、どこか曖昧模糊としている。
 よく指摘される”シーズン4第5話「Future Boy Zoltron」のタイトルは『未来少年コナン(Future Boy Conan)』のパロディである。”といったような話は、スタッフの遊びの範囲内の話だ。製作者が作品を愛していることは伝わるものの、作品への「影響」とは言えないだろう。(実際、当該エピソードの中身に『未来少年コナン』との関連性は何もない。)
 文明の遺物に洗濯物がかかっているイメージや、スイカ島の村長がジムシーに似ていること、Steven Universe: The Movieで飾られている写真の中のコニーの服装がラナに似ているという話も同様だ。

 推察するところ『未来少年コナン』がSUに与えた影響の多くは、こうした個別のシーンのオマージュやタイトル遊びで説明ができるものではなく、作品の基盤を形成しているものだ。キャラクターのビジュアル、表情、船のデザイン、もしくはキャラクターアークの作り方等、どこかしらインスピレーションの元となっていることが感じられる。
 一方で、より具体的な言及ができる作中の重要な要素もある。一つは主人公とヒロインの関係性の相似、もう一つは主人公が戦うことになる「敵」の本拠地の描き方である。 

◆”The pure love of children”

Rececca: ”The pure love of children” is a slogan often heard in story meetings, inspired by the example of the eleven-year-old protagonists Conan and Lana in Future Boy Conan,  a favorite during Rebecca and Ian's days living together in Brooklyn. In this animated Series, Conan and Lana's "pure" love grows into a romantic yet still innocent one.
Ian: Steven and Connie love each other in a pure, non-adult way.
Rebecca: It's that eternal love that could withstand anything.

ーー『Steven Universe: Art & Origins』p129

 スティーブンとコニーの関係性を描くにあたって、スタッフ間で常に意識されていたのが”The pure love of children”である。大人の恋愛では決して生じ得ない、ロマンティックではあるものの、性的なニュアンスを排除した、子供の頃の関係性でしか生じ得ない純粋な友愛だろう。
 この描き方は『未来少年コナン』のコナンとラナの関係性に着想されたことがアートブックで明言されている。確かにコナンとラナの絶対的な信頼関係、打算的な心情は一切なく、ひたむきに純粋に、素朴に強く、相手への想いを貫く姿は、スティーブンとコニーの関係性に重なる点が多い。
  レベッカ・シュガーが言語化した”The pure love of children”は、『未来少年コナン』に限らず、宮崎作品のコアな部分に繋がっていると自分は思う。それは、宮崎駿に大きな影響を与えた『雪の女王』におけるゲルダとカイの関係性に繋がるだろうし、彼が『未来少年コナン』の前に深く関わっていた『母をたずねて三千里』のマルコとフィオリーナの関係性に原型を見ることもできるだろう。

『雪の女王』1957
『母をたずねて三千里』1976

 レベッカ・シュガーは、”The pure love of children”について、何事にも揺るがない永遠の愛(”It's that eternal love that could withstand anything.”)と締めくくっているが、あくまで子供時代に限定をしている言葉だと理解してよいと思う。実際、SUのスティーブンとコニーの2人が成長を遂げたSteven Universe Futureでは、”The pure love of children”の関係性は明らかに変化している。(このレベッカ・シュガーの冷静さや現実的な目線、過度な理想化を避ける描写は、宮崎駿と異なることを言い添えておく。)

◆インダストリアとホームワールド

 『スティーブン・ユニバース』でホームワールドの半壊した姿が判明した時に、「敵」の本拠地が滅びかけというイメージに既視感があったことを覚えている。『未来少年コナン』のインダストリアだ。

 インダストリアは、かつて存在した文明の技術を受け継ぐ科学都市である。しかし、文明崩壊の中で資源は底をつきつつあり、都市の権力者は各地から収奪した資源を、徹底した管理下で民衆に分配をしている。そして、その分配は公平ではない。
 市民は一等市民から四等市民までの階級社会で構成され、最下層の四等市民は奴隷同然の扱いで、権力の象徴である三角塔の地下に押し込まれている。地上に並ぶ家屋は多くが無人の廃墟だ。
 こうしたインダストリアのイメージ、帝国主義(のようなもの)と階級社会及び管理社会、そしてその社会自体が資源不足で滅びかけている様子はSUのホームワールドの描写とよく一致をしている。
 スティーブンがホームワールドの地下で虐げられているオフ・カラーズと協力する様子は、コナンが三角塔の地下にいる四等市民のレジスタンスと協力する姿と重なる。
 特段スタッフの証言はないので、推察の域を出ないが、SUが『未来少年コナン』の影響下にある具体的な例として挙げることができるのではないだろうか。

◆”Miyazaki”とRebecca Sugar

 レベッカ・シュガーがSUの公式ポッドキャストで『未来少年コナン』のオマージュしていた場面を一つ挙げていたことがある。聴いていた自分は、両作品を見ているのに何のことかさっぱりわからなかった。(もちろん、英語力の不足も否めないのだが。)
 該当の場面は『未来少年コナン』23話「太陽塔」において、施設内のバーチャル公園において(バーチャルな)赤ちゃんがラナにぶつかる場面だった。これが『スティーブン・ユニバース』の#147「Now We're Only Falling Apart」のクォーツがピンクダイヤモンドにぶつかる場面の元ネタということだ。

該当の場面の比較

 正直なところ、誰も気づきようがないような場面だろう。こうした場面がオマージュ例に出てくるほど、『未来少年コナン』がレベッカ・シュガーの血肉になっていることをうかがわせる。
 ”Miyazaki”とはもちろん宮崎駿(もしくは彼の大きな名前が吸収している事物)の事だが、『未来少年コナン』に限らず、”Miyazaki”へのオマージュや影響は随所にみられる。
 近年では2019年のGhibli Fest 2019で『耳をすませば』についてレベッカ・シュガーが語っていたことが印象的だ。(『耳をすませば』は『未来少年コナン』でも重要な役割を果たした近藤喜文の監督作であるが、絵コンテや脚本のかかわり方も含めれば”Miyazaki”の範疇に捉えることもできるだろう。)

 ここでは才能を開花させていく過程の話や、聖司の職人的な修練や雫が勉強に励む描写、試行錯誤の様子、街の群衆や電車の動き、机にある鉛筆や図書カードが実感を持った存在であること、キャラクターの演技について愛情深く語られている。
 このあたりの表現についてレベッカ・シュガー作品との繋がりについて言及しようとは思ったものの、これはまた次の機会としたい。

 いわゆる”海外アニメ”を自分が見るようになった時に驚いたことは、自分が愛するかつての日本作品の魅力を、海外の作品こそが継受していることがあるからだ。『スティーブン・ユニバース』と『未来少年コナン』、より敷衍すればRebecca Sugarと”Miyazaki”の関係性はその好例であることは間違いないだろう。  


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