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西荻窪の思い出と、「条件検索」からこぼれ落ちる"何か"のこと


家賃60,000円以内 / 築20年以内 / 駅徒歩10分以内 / バストイレ別 / 南向き

身長170cm以上 / 年収600万円以上 / 転勤なし / 離婚歴なし

居酒屋 / 渋谷 / 予算5,000円〜 / コースあり / 飲み放題あり / 禁煙


家も結婚相手もレストランも、ぽちぽちっと条件をチェックすれば探すことができる。すごい時代だ。

「効率的だ」と誰かが言った。
うーん、そうかな。
そうだろうか。

***


初めての一人暮らしは、西荻窪という街だった。


私は22歳で、社会人になったばかりで、とにかく実家を出たくて出たくて仕方がなかった。

一人暮らしをしたい! と思ったはいいものの、何から始めていいのかわからず、とりあえず30万円ほどお金を貯め、適当な駅にいくつか狙いを定めて不動産屋の門を叩いた。

明大前とか、千川とか、三軒茶屋とか、確かそのあたりだったと思う。


家賃60,000円以内 / 1K / 築20年以内 / 駅徒歩10分以内 / 2階以上 / バストイレ別 / 2口コンロ / 南向き……

条件を伝えると、ぽんぽん資料が出てくる。

「女性限定のこのアパート、どうですか」「ちょっと古いけど、ここも良いかも」

提案された物件をいくつか見に行く。


うーん、何か違う。ピンとこない。

条件には合っているはずだけど、何かがしっくりこない。

いくつも部屋を見に行ったけれど、「ここに住みたい!」と思う部屋には意外と出会えない。

***


そうして時間が過ぎていったころ、親戚のツテで西荻窪の不動産屋を紹介してもらうことになった。

「空いている部屋があるらしいから、とりあえず見てみれば」という言葉にあまり期待はできなかったものの、その数日後には私は西荻窪駅に降り立っていた。

秋が始まったばかりの、青空が気持ちいい日だった。


改札を出てすぐ、確信した。

ああ、この街好きだな。


隣駅の吉祥寺に比べ、駅前はずいぶんコンパクトで、道もそんなに広くない。

流れる空気が、どこかまったりしている。


駅からまっすぐ歩いていくと、古着屋さんがあった。

"夜12時まで"という張り紙が、いかにも中央線沿いらしかった。

その先には小さな川が流れていて、川の横にはこじんまりしたカレー屋さんがあった。

川がある街に住むのは、なんだかいいかもしれないと思った。


15分ほど歩いて、紹介された物件に着く。

エレベーターはなく、4階まで階段。家賃70,000円、ユニットバス、1口コンロ、西向き。職場まで乗り換え1回。決して近いとは言えない。

最初に私が出していた条件とは全然違う。

だけど大きめの窓から見える景色と、差し込む西日がきらきらしていて、

この部屋で好きな音楽を聞きたいなとか、朝コーヒーを飲んだら気持ちいいだろうなとか、早くも妄想が爆発し、

新生活を始めるならここしかないと思ったのだ。

本当を言うと、駅からその部屋まで歩いている最中に、もう心は決まっていたようなものだ。


「ここに住みたいです」とその場で伝え、私は初一人暮らしのスタートをきったのだった。

***


結局そういう、チェック項目に含まれないものの引力には勝てない。

ここから見える夜景が好きだな、とか。
まっすぐ帰りたくない日はこのカフェに寄りたいな、とか。
窓から入るこの陽の感じが好きだな、とか。

チェック項目からこぼれ落ちてしまうものにこそ、そのものをそのものたらしめる芯のような"何か"が含まれていると、私は思う。


「条件」という標準化された言葉に括られない何か。

それをきちんとすくい上げられる人でありたい。

チェック項目から外れたものへのセンサーは、いつでも磨いておきたい。

そこに宿る"何か"を見つける作業は、自分の「好き」「嫌い」を正直に見つめることでもあると思うのだ。誰かの言葉で作られた「条件」に、自分の「好き」「嫌い」を預けるなんて、ちょっともったいない。


西荻窪、久しぶりに遊びに行こうかな。

あしたもいい日になりますように!