バングラデシュ動向ニュース 2024年8月5日の政変

【ハシナの没落】前日4日からの外出禁止令を無視して町に繰り出した学生や市民。すでに当局による弾圧に近い行為で多くの犠牲者が出ていたが、さらなる流血もありえた衝突の危機に軍が介入。事実上、軍が警察を押さえ込むという「不作為」によって市民側に立ったことで、ハシナの希望は断たれた。強権政治が長く批判されてきたが既得権益勢力を抱え込むことで体制を維持してきたハシナ元首相。自身の舌禍やデモを押さえ込む手法を誤ったために、栄華から没落への急変を迎えるに至った。

【祭りの後】首相官邸や国会議事堂敷地に繰り出した人々に加え、ダッカ中心部は歓喜の表情に満ちた市民であふれた。「お祭り騒ぎ」のバングラデシュだが、軍と市民の蜜月が長く続くとは限らない。一般的市民の生活は相変わらず経済的な苦境にあり、民主主義的な体制を築こうにも腐敗に染まった社会が首相の退陣だけで変わるはずもない。新たな国づくりには時間と忍耐も求められる。軍は市民を守ったかたちだが、モノや開かれた社会に飢えた市民を満足させることは容易ではない。信望ある政治家の出現と希望を語る明確なメッセージが欠かせない。祭りの後に何が始まるのかを見据える必要がある。

【リーダー不在】ハシナの政敵で、BNP党首のジア前首相の釈放(事実上の恩赦)が早々と公表されたが、ムジブル・ラフマン(ハシナの父)がジアウル・ラフマン(ジアの父)に入れ替わって神格化されるだけなら、市民の幻滅はむしろ無法地帯化を生み出す。暫定期間に誰が中核的な役割を担うのかが注目される。シャハブッディン大統領はそもそも飾り物であるし、軍トップのザマン陸軍参謀長の統率力は未知数。ロンドン亡命中のタリク・ラフマン(ジアの長男でBNP議長代理)も清廉潔白からはほど遠い人物だ。以前は政治的野心もちらつかせたもののハシナの強烈な反発にあい、今年1月に禁固刑を言い渡されたムハマド・ユヌス氏(ノーベル経済学賞者、「グラミン銀行」創設者)は暫定政権の顧問への就任が取りざたされている。しかし、83歳と高齢であり、今回の政変直後に「政治とは距離感を保つ」と明言したように補佐役に徹するだろう。
暫定政権を組織する権限は大統領にある。暫定政権は無党派とする必要があるが現与党のアワミリーグを暫定政権から除いた時点で、バランスを欠いているとも言える。長らくハシナによる強権政治が続いたことで野党の屋台骨も脆弱で、まっとうな議論ができる政治家は少なくなってしまった。リーダー待望論の中、誰が「改革の顔」として浮上してくるのか、その人物がどのような国づくりを語るのかに関心が集まる。

【第二幕以降】8月5日現在、私たちは大きな変革を目の前にしているが、これはバングラデシュの変化の第一幕に過ぎない。ここ数日は幕間(休憩)であり、新たな幕開けを待っている状態だ。歓喜に包まれて終わった第一幕だが、第二幕は停滞感がただようか、もしくは新たな混乱に満ちたものになるかもしれない。バングラデシュの行方について多くの人が楽観的に語れるようになるためには、まだまだ多くの修羅場を見ることになるだろう。無論この間も経済活動や社会活動という大動脈を守る必要があり、暫定政府は中長期のシナリオ作りが求められる。

【治安維持】報道では警察官の制服を目にしなくなった。デモの押さえ込みで市民の「敵」となった警察がロープロファイルに徹しているからだが、町の治安を維持するには軍ではリソースと権限が足りない。軍がいかに早急に警察の組織改革を行い、市民を手なずけ、治安維持の回復に努めることができるかにも注目したい。今後の国づくりの議論において、世俗的イスラム教という現在の宗教的イデオロギーがどのように方向づけされるのかによっては、過激派組織が再び活発化する可能性も否定できない(ほぼ全ての過激派はアフガニスタンのようなイスラム教による国家運営を求めている)。これまで超法規的措置で過激派の取り締まりを行ってきた法執行機関のオペレーション能力が弱まれば、新たなグループの台頭を許す可能性がある。早期の治安維持体制の確立が必要だ。