下の名前を呼ばれるのは役割がなくなったから

介護保険のケアマネは担当する利用者さんのことを下の名前で呼ぶ。○○子さん、といった具合に。ケアマネに限らず介護現場では、特に在宅ではそうである。ご夫婦そろっていれば名字だとどちらかわからないので下の名前で呼ぶのは自然なことに思うかもしれない。

しかし、私は自分が介護現場にいたころから、ケアマネのときから下の名前を呼ぶことに違和感があった。

日本ではかなり親しい仲でなければ下の名前を呼ぶという習慣がない。いい悪いは別として、役割名を呼ぶのが社会一般の慣習である。奥さん・ご主人、お母さん・お父さん、社長、部長、お兄さん・お姉さんといったかんじである。

誰かのお母さん・奥さんではなく、個人として見てほしいという不満はあるが、役割名を呼ぶのが一般的なのである。

私もお客様に対しては、上の名前をさま付けしたり、奥様、お母さま、ご主人様というふうに読んでいる。

介護現場での下の名前呼びはなんだか唐突なかんじがする。

否、この際はっきり言う。

社会的な役割がなくなってしまったので、下の名前で呼ぶしかないのである。役割から外れてはじめて自分個人の名前を呼んでもらえるのである。個人を尊重しているようにみえる下の名前呼びも結局のところ、役無しの烙印を押されているのである。

障害福祉、緩和病棟などもそうではないのか…

だが、私はどうしても下の名前に抵抗を感じる。

寝たきりで意思疎通もままならない人ならまだしも、多少体は不自由でも、可能な限りの家事をこなしたり、生活に楽しみを見出している人を、親しい仲でもないのに、役割名ではなく、名前呼びするのはなれなれしい気がしてならない。奥様、お母様が嫌だ、名前で呼んでほしいとご本人が言ったのならそうすればいいだけである。

個人の尊重の名のもとにお客様を下の名前で呼ぶのは欺瞞であると思う。

私は現在ケアマネではないが、この資格はなにかと便利なので更新研修を受けている。そこでも事例の対象者はみな下の名前で呼ばれており、誰もそれに異を唱える人はいない。

もし不動産会社の営業の人や近所の人、子どもの学校の先生、夫の会社の人などから下の名前で呼ばれたらどんなかんじがするだろう?

いつか、日本の社会も名字などほとんど意味をなさず、下の名前だけで呼び合う日が来るなら大歓迎である。

しかし、今まだ役割名が当たり前の時代に、一定の距離のある人からいきなり個人名を呼ばれたら違和感は相当大きい。

介護現場から離れるとますます介護の世界が奇怪にみえる。


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