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自責で塗った

自分のことを責めるのと同じくらい
自分のことを褒めたことはあるだろうか。

毎日の仕事から普通の会話から、反省点だらけになる。
自分はこういうところがダメだ、これができてない、
もっとこうすればよかったのに。


一日の中を振り返っていくと
自分の行動の概要が黒い線で描かれていき、
「今日のわたし」という絵が一通り出来上がる。

そして、そこに「反省」という色とりどりの色鉛筆で塗り絵をしていくことになる。
毎日毎日、飽きもせずに
「あの人を怒らせたのではないか」「この人に迷惑をかけた」
「また同じ失敗をした」と塗り続けている。

日々同じように、コンビニでのやり取りのような
些細な日常のしるべまで思い起こしては
その反省と自責の色鉛筆を酷使するような真似を続けているので
わたしの腕も、心も動かなくなりそう。

だけど、
ここまで自分を責め立てることを日課としているのに
それと同じ熱量を持って、
「今日のわたし」という塗り絵に
できたこと、たのしかったこと、
うれしかったことという色を重ねたことがないことに
ふと気づいた。
それはもうおかしいくらいにほとんど無い。

人間は扉を開けた回数と閉めた回数、どちらが多いのだろう。
人間は階段を登った回数と階段を降りた回数、どちらが多いのだろう。
人間はジャンプした回数としゃがんだ回数、どちらが多いのだろう。

どれも数えたことはないけれど、
どちらかが極端に多いなんてことは普通はないはず。

それなのに私はこれまで
1日を振り返り、理想のそれと比べて
何が欠落していたか探す作業ばかりに熱中してきた。
そしてそれで自分を苦しめている。

自分に甘い人間になることが怖かったから、
自分のことを褒めてみようと思う隙間が
これまでの人生の中にずっとずっとなかった。
だけど、それはひどくバランスの悪いことなのだと
今日少し思えた気がする。

これまで自分が朝目覚めた回数と同じだけ自分のことを責めよう。
これまで自分が夜眠りについた回数と同じだけ自分のことを褒めよう。

自責と自惚の綺麗な色の塗り絵ができますようにと願って今日は眠ります。

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