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阿部慎之助の興味深い三つの野球観

はじめに

皆さんは『阿部慎之助の野球道』という本をご存知だろうか。

この本は阿部慎之助二軍監督と新潟アルビレックス・ベースボール・クラブの総合コーチの橋上秀樹の共著であるのだが、これがとても面白い。

この本には、捕手論、打撃論、育成論、果ては二軍監督としての苦労まで、阿部慎之助の考えがこれでもかという程詰め込まれているのだ。

そこで今回は、私が『阿部慎之助の野球道』を読んで特に面白かった三つのエピソードを紹介する。

あまりに多く紹介すると、著者や出版社の方々に迷惑がかかってしまうので三つに厳選したが、これ以外にも面白い話は山ほど載っているので、この記事を読んだ方はぜひ購入を検討していただきたい。

巨人だけでなくプロ野球の歴史に名前を残す男の頭の中を覗けると考えれば、決して損はしないはずだ。

①キャッチャーは「経験がものをいうポジション」ではない

今年、巨人の一軍でキャッチャーを務めたのは、大城、炭谷、岸田、小林の四人。

大城は打力、小林は守備が魅力の選手。岸田は両者の中間のような、総合的に優れた選手だ。

一方で炭谷の一番の魅力は「経験」だ。高卒一年目から一軍の試合に出場し、日本代表に幾度も選ばれている。まさに経験豊富なキャッチャーと言えるだろうし、巨人もそこを見込んで獲得したと考えられる。

確かに経験があるキャッチャーは、老練なリードで相手打者にマトを絞らせないイメージが強く、どんな状況でも冷静に対応してくれそうだ。

しかし、阿部は「キャッチャーは経験がものをいうポジションではない」と断言する。

「キャッチャーは経験がものをいうポジションだ」と言う方もいましたけど、僕はそうは思いません。バッターがどんなボールを待っているのか、たとえばバッターボックス内でのしぐさだったり、あるいはファーストスイングを見たときに、「あ、きっとこのボールを待っているんだろうな」という読みはキャリアに関係なく、若いときにできるものなんです。

「キャッチャーは経験よりも観察眼が重要。そして観察眼は若いうちから養える」というのが阿部の言い分だ。

では、阿部は若手捕手の起用にはどう思っているのだろうか。その部分に関しても阿部は言及している。

これは僕の持論なんですけど、若いキャッチャーを起用するのはアリだと思っているんです。そこで大切なのは、「このときの配球はこうするべき」とピッチャーとディスカッションできるかどうか。配球に正解はないわけですから、「なぜそのボールをキャッチャーが要求したのか」、その根拠が言えるようでなくてはならないと思うんです。

バッターの一挙手一投足を見逃さない観察眼、根拠のある配球、ピッチャーとの対話を欠かさない姿勢。阿部は年数を重ねて得た経験以上に、この三つを重視しているようだ。

余談ではあるが、先日の両国国技館で行われた感謝祭の裏座談会で、田口が岸田のことを「ピッチャーとたくさんディスカッションしてくれる」と語っていたのが印象的だった。上の阿部の話を聞いていると、岸田も二軍で順調に阿部イズムを継承しているといえるかもしれない。

②「データに基づいた配球以外は悪」とみなす論調は間違っている

私は「巨人ファンによるデータ至上主義論」という名前で活動している。今は昔ほどデータ信仰が強いわけではないが、それでもデータとにらめっこしながら野球を見ることがほとんどだ。

このようなデータを中心に野球を観る文化を広げてくれたのは、野球界の月見草こと野村克也さんだ。監督時代にはID野球というデータを駆使した野球を展開し、テレビ中継では野村スコープでズバズバと配球を言い当て、データを通した野球の楽しみ方をファンに教えてくれた。

当然、現在のプロ野球でもデータは必需品だ。どのキャッチャーもデータに基づいた配球を行い、バッターもそれを頭に入れた上でバッティングを行なっている。

しかし、阿部はこの「データに基づいた配球」に対して、若干の疑問を呈している。

ただ、これはマスコミにも一言言いたいのですが、野村さんの「データに基づいた配球」があたかも正しい配球のように言われてしまっているので、そこからはみ出したものは「すべて悪」とみなす論調は、僕は違うんじゃないかなと思っているんです。

阿部は決して「データに基づいた配球」を否定しているわけではない。ただ、あまりにもデータに依存してしまうと、データ通りに配球して打たれた時に立て直すことができなくなってしまうことを危惧しているのだ。

だからこそ、状況に応じて3つを使い分けることが、キャッチャーがやるべきことだと思うんです。データに基づいた配球だけを心がけてみたものの、それがいとも簡単に崩れてしまったら、右往左往してしまうでしょうし、ピッチャーが投げるボールだけを優先した配球にしたら、間違いなく単調になってつるべ打ちにあってしまう。
それと野球の教則本のなかには、「こうしたらバッターを打ち取れる」と書いたものが結構ありますよね。たしかに、アマチュア野球で1回しか対戦しないのであれば、教則本のとおりでも当てはまるのかもしれない。でもプロのように、シーズンに何十回と同じバッターと対戦するときは、一般的なセオリーが当てはまらないことは予想以上に多いんです。

セオリーやデータに囚われることなく、その時々の状況によって、感性によって、配球を考える。阿部の意見を聞いていると、一瞬一瞬の状況判断の重要性が強く感じられる。

この阿部の考えをしっかりとプレーで体現しているのが、今年日本一になったソフトバンクの正捕手・甲斐拓也だろう。

上の記事にあるように、甲斐は今回の日本シリーズにおける巨人打線のキーマンを岡本に設定し、結果徹底的に抑え込むことに成功した。

まず、日本シリーズが始まる前。甲斐は初戦の先発・千賀滉大と以下のような会話をしている。

向こうがどう入ってくるか分からない、と千賀にも正直に言いました。ミーティングで話すことと違うことが起きるかもしれない。お互いが見えることが1番大事になってくる。2打席見ることで見えることがたくさんある。お互いで見る必要がある、と話していました。

前章にて「観察眼は若い頃から養える」と阿部は言っていたが、このバッテリーは28歳にしてすでに相手打者を観察しながら、状況に応じた配球をする準備ができているのだ。

実際、試合においても一二打席目でインコースを多投。三打席目に岡本の左膝の開きが早くなっていることに気づき、一転して外角のカットボールを要求している。

このように、甲斐は常に相手打者を観察し、データだけに惑わされることなく、臨機応変に配球しているのである。

こういった選手を巨人が輩出してくれたらどれだけ嬉しいことだろう。個人的には甲斐レベルで肩が強く、一年目から阿部に教育を施されている山瀬に注目しているが、果たして彼の未来はどうなるか。こっそり期待したいと思う。

③主要都市で勝ち抜いた選手が欲しい

『阿部慎之助の野球道』は、今まで見たこともなかった阿部の考えがたくさん詰め込まれている。その中でも、とくに印象的だったのがドラフトに関する話だ。

基本、ドラフトでどんな選手が欲しい?という話題になったら、「足が速い選手」「身体能力が高い選手」など、具体的な能力の話に落ち着きそうなものだ。しかし、なんと阿部は「主要都市で勝ち抜いた選手」と斜め上の解答をしている。

「今年のドラフトなら◯◯」というような、具体的な名前まではわかりません。でも、あえて言わせていただけるのであれば、主要都市で野球をしていて勝ち抜いた経験を持った選手がいいなと思います。地方出身の選手は資質が高いのは間違いありませんが、肝心なメンタルの面は大都市でもまれた選手のほうが強いように思えるんです・
とくに高校生を獲得する場合は、たとえば東京、神奈川、愛知、大阪、兵庫、広島、福岡といった都市部エリアで野球をやっている選手を獲るべきだと思うんです。

このように阿部は主要都市で勝ち抜いた選手、特に高校生の場合にそれを強調している。

そして、阿部はその理由をメンタル面に置いていた。地方出身の選手は資質が高いが、肝心のメンタル面は大都市で育った人間の方が強い。これが阿部の言い分だ。本当にそうなのかなと自分は思ってしまったが、どうやらこの考えは現役時代を通して生まれたものらしい。

ところが地方出身の選手だと、なかなかこうはならないんです。地元の人たちが善意で盛大に激励会を開催してくれて、「東京で一旗揚げてこいよ」と言ってもらえるのはうれしいことでしょう。けれども、それで有頂天になってしまって、いざプロの世界に入ってみたら、あまりのレベルの高さに驚いて、ついていくことすらできず、数年後にひっそりとユニフォームを脱いでいく……こうした選手を、僕は19年の現役生活のなかでたくさん見てきたんです。

地方出身の選手全員が調子に乗るわけではないと思うが、たしかに都会のレベルの高い野球に揉まれた選手に比べたら、周りのレベルがあまり高くない地方出身の選手の方が有頂天になりそうではある。ましてプロでずっとやってきた阿部がいうのだから、実際そんな選手が多かったのだろう。

そういった面も踏まえて、阿部は大学野球では東都出身の選手を推している。

僕の経験でいけば、やはり東都(東都大学野球)出身の選手が一番いいですよ。東都には入れ替え戦があります。春に1部で優勝しても、秋に最下位になれば、2部の1位との入れ替え戦に回らなくてはいけない。そこで万が一、2つ負けてしまったら、2部に落ちてしまいます。反対に2部のチームは1部への昇格がかかっていますから、それはハングリーになりますよ。

実際に『阿部慎之助の野球道』を読んでいただければわかるが、阿部はメンタル面を非常に重視している。だからこそ、ドラフトで獲りたい選手の条件をメンタルの強い、ハングリーさに置いているのだろう。

日本シリーズをみていると、どうも実力だけでなくメンタル面でも負けているように思えた。阿部が言うように都市部で競争にまみれて育った選手たちを集めたら、短期決戦での戦いぶりも変わるのか。阿部イズムが継承された数年後の巨人に注目したいところだ。

まとめ

この記事は阿部慎之助と橋上秀樹の共著である『阿部慎之助の野球道』をもとに執筆した。

最初にも言ったが、巨人ファンの自分としては、『阿部慎之助の野球道』は今まで読んだ野球本の中でも一二を争う面白さだった。阿部自身、そこまで自分の考えを積極的に発信した人ではなかったので、ほとんどが初見の情報ばかりで非常に新鮮な気持ちで読むことができた。

おそらく、次の巨人の監督は阿部が既定路線だ。現状でも育成ドラフトの席に参加する等、育成面において強い権限を持っているといっても良い。だからこそ、今後の巨人のトップに立つ男が書いたこの本は、巨人ファンにとって必読書といってもよいだろう。

兎にも角にも、ぜひとも手にとって読んで欲しい。値段は1760円と決して安いとは言えないが、巨人ファンにとっては読んで損がない代物だと思う。

参考文献

阿部慎之助・橋上秀樹(2020)『阿部慎之助の野球道』徳間書店

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