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vol.3 宴会

 幸運なことに、三崎港のバス停の方へ行くと1軒コンビニがあった。気分の良くなった私は最低限のスキンケアセット、マスク、アイシャドウをかごに入れた後、迷わずアルコールを取りに行った。コンビニには、肌を焼いてビーチサンダルを履いた兄ちゃんと姉ちゃんが集まってくる。学生時代、コンビニで酒とつまみを買って盛り上がっていた連中を散々バカにしていたが、まさか自分がその人たちと同じようなことをしようとしているとは。学生時代の自分が知ったらどう思うだろうか。


 まあ、そんなことはどうでもいい、今日は飲む、と、カゴの中に一缶のレモンサワーとアルフォート、柿の種を入れてレジへと向かった。会計の金額は、一週間分の食費と同じかそれよりも高かった。あーあ、片田舎のコンビニでこんなに使っちゃったよ、なんて思いながらも、どこか気持ちよくなっている自分がいるのが不思議だった。


 たまたま持ち合わせていたエコバックにすべてを詰め込んで、GLIM SPANKYの「grand port」を口ずさみながら宿泊施設へと戻っていった。もう、寒さを感じることはなくなっていた。


 宴会を始める前に、まずは風呂が先だ。それは親が散々言っていたことだったので、施設に戻った私は冷蔵庫のコンセントを繋いで買ってきた酒を入れて、風呂に入る支度を始めた。エコバックを持っていて本当によかった。


 女性浴場に入ると、そこには誰もいなかった。どうやら他の宿泊客は食事の前に済ませていたのかもしれない。すなわち、今、私だけの貸し切り状態ということだ。風呂場は5、6人入ったら限界が来てしまうような大きさであったが、貸し切りにしては十分すぎる大きさだった。


 いつもはユニットバスにシャワーカーテンをかけた簡易的シャワールームで体を洗い流していたので、椅子に座ってゆっくりと浴びるシャワーが心地よかった。また、一人暮らしを始めてから湯船に浸かることもなくなったので、思い切り足を伸ばして入る温泉は全身に染みわたり、身体の芯からほぐれていくのがわかった。具体的な効力がなくとも、温泉に入るという行為そのものでリラックスできるのだろう。今はそれで充分だった。


 風呂から上がり、浴衣に身を包んだ私は、ドライヤーで濡れた髪を乾かした。ちょうど21時を回る頃だったので、何の番組を見ようかチャンネルを回した。日曜日だったので「ドラゴン桜」でも見ようかな、と思ったがあまり乗る気ではなかった。ちょうどやっていた「池の水全部抜く」番組の次にやってるのなんだろう、と思ってチャンネルをテレビ東京のままにしていると、「モヤモヤさまぁ~ず」が始まった。私は「よっしゃあ、これだな」と思いレモンサワーのプルタブを開けた。


 モヤさま自体をそんなに見た事あるわけではなかったが、なんだかよくわからないけどとにかくモヤさまが見たかった、ただそれだけだった。布団屋の陸上選手じいさん(いろんな大会で優勝しまくっている)、ノリがおかしいパイ包みつけ麺の店主、暗闇書道という訳の分からない作法で奥さんへの感謝を書に認めるオッサン…。


 そんなしょーもなくてくだらない人たちをみてゲラゲラ笑った。レモンサワーを片手に腹を抱えて笑った。そうして笑っている間だけは悩みなんてなかったような気分に浸れた。

 「酒飲んでバカやって何もかも忘れてしまいたい」そんな夜があるということを人生で初めて知った。「飲まなきゃやってらんねぇ」といっている大人たちの気持ちが、少しだけわかったような気がした。

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