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「ポーツマスの旗」で歴史を学ぶ。未来を変える。

歴史を学んで、未来を想像する。

歴史を学ぶのは、正しく未来を想像するための行動だと思う。これからどうなるかを考えるときに、「現在」という1点からスタートすると360度全方向に展開できてしまう。しかし、「過去」と「現在」の2点で線が引けたとすると、「未来」はその延長線上の近くとおおよその見込みが立つ。

個別の事象においても、歴史の中に、政策Aをやったら結果Bだった、制度Xを無くしたら結果Yだったという事実が歴史の中には山ほどある。

ポーツマスの旗 日露戦争後の外交

日本が世界大戦へと向かう岐路ともなったポーツマス条約。その締結までの過程を追いかけた小説である。

読んで驚くのは当時の日本人の冷静さだ。海軍、陸軍、外務省、内閣それぞれ当時の日本の国力を過大でも過小でもなく正しく評価していた気がする。

第二次世界大戦における自国の過大評価とアメリカの過小評価、陸軍の暴走、陸軍に対抗するばかりの海軍、「天皇」と「世間の空気」で動けなる内閣とは大違いである。

軍部はどこまで攻略できる、いつまで維持できるなど冷静に分析し、より良い講和条件を引き出すために頭を使った。

外交官も必ず講和を結ぶという固い決意と、どこまで譲歩できるかの明確な線引きをもった交渉が見事に成功する。それは、当時の国民が望んだものからすると、得られたものが少ない結果だったかもしれないが、現代の私が読むと、よくここまで獲得したなと思う成果だったと思う。

「ポーツマスの旗」全編を通して、官僚、政治家、軍人、立場は違えど、自分の責務を全うしようという人たちが清々しい。

外交及び公文書

タイトルを忘れてしまったのだが、昔読んだ小説に出てきた外交官が、「外交文書は正しく保存されなければならない。我々の下した判断が正しかったかどうか後世の人に検証してもらわなければならないのだ」というようなセリフがあった。当たり前のことのようにも思うが、この外交官、外務省の意識の高さに驚く。

イギリスのチャーチル首相は「自分が出す指示は全て文書として残さなければならない」と言っていた。正確に伝わるようにという意図もあると思うが、後世に残すという意図もあったと思う。戦後、チャーチルのいろいろな密約が取り上げらるが、そのあたりも残していたから見つかったのだろう。

残念ながら、今の官僚は公文書を改ざんする、やばいと思えば廃棄する、さらには、あとで突かれることのないように議事録を作らない。情けないばかりである。

昔は良かったと現代を憂いてしまう。「ポーツマスの旗」はそんな気分にさせる歴史の一部である。

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