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秘剣〈宇宙ノ颶〉 #17

  目次

「これは俺の勝手な想像だがな……〈宇宙ノ颶〉には無謬斎の魂がそっくり乗っかってるワケだろ? 技を継承させるときに、古いほうの肉体が死ななきゃ、無謬斎が二人いることになっちまう。そういう矛盾は、なんつぅか……なんつぅかなぁ、この世界そのものの働きかけで規制されちまうんじゃねえかな。魂は唯一無二の存在。その原則を侵す野郎はカミサマにメッ! てされちまうんだろ。多分」
「なにか……なにか方法があるはずだ!」
「方法があったら今まで〈宇宙ノ颶〉が受け継がれているわけねえだろ!」
 大喝。部屋が震えた。
 そして、察する。
 父さんが、〈宇宙ノ颶〉を継承しなかった訳を。
「つうかてめえ、わかってんのか? 仮にあの娘が〈宇宙ノ颶〉から生きて解放されたとしても、待っているのは史上類を見ない凶悪殺人犯としての人生なんだぞ?」
「ッ!」
 歯が、軋る。
 胸の中を迷いが巡り、巡り、熱を帯び始める。
 リツカさんの凶行を止めるには、殺すしかない。
 ――それは嫌だ!
 じゃぁどうする。リツカさんをこのまま放っておくか?
 ――それだけはダメだ! これ以上彼女の肉体と魂が汚されつづけるのを、看過するわけにはいかない。
 考えろ。
 ぼくは何をすべきか。
 考えろ。
 何よりも、彼女が望んでいることを。
「……ひとつ、聞いてもいいかな」
「あぁ?」
「母さんは、どうして死んだんだ?」
 途端に、父さんは表情を消した。
 雨音が、さっきより酷くなった気がした。
 やがて、時計の秒針が半周をしたころ。
「……あいつは、継承に失敗したんだよ」
 それだけ聞けば、十分だった。
「父さん」
「なんだよ」
「頼みがある」

 ●

 ぼくはコートを羽織り、街路の一角を歩いていた。
 腰には、真剣を佩いている。
 辻斬りの犯行には、赤銀武葬鬼伝流の使い手のみに悟れる、ある種のパターンのようなものがある。
 先回りは、可能なはずだ。
 その確信はあったが、今のところ外ればかりだ。
 こうしている間にも、彼女はどこかで人を斬っている。
 掌は、爪が食い込み過ぎて、もう血だらけになっていた。
 構うものか。
 居酒屋の看板が張り出す、隘路に差し掛かる。
 息が、止まる。
 濃い血の匂い。
 来た。
 とうとう、当たりを引いた。
「……リツカさん」
 ゆらゆらと佇む、なつかしい彼女の姿。
 右目を走る傷が、無残だった。
 足元には、また斬殺死体が転がっている。
 あぁ――
 どうして。
 こんな……こんな……
 何の故もなく、殺されてしまった人。
 霧散リツカの魂に、またひとつ、消えようのない穢れが刻まれたのだ。
 何もかも、胸をギリギリと締め付けてくる。
 今ここで殺されたこの人が、それ以前に斬り殺された多くの人々が、そうした被害者に近しい人々が、望まぬ殺戮を強いられた歴代の〈宇宙ノ颶〉の使い手たちが。
 そして何より、眼の前で魂を陵辱されつづける、彼女が。
 あぁ――なぜ。
 ただ、大好きだった母親の仇を許せずに、力を求めつづけたことが、こんな仕打ちを受けなければならないほどの罪だったというのか。
 なぜ……こんな……よくも……
「すぐ……」
 万感を込めて。
「助けますからね」
 想いを吐く。
「必ず、助けますからね……!」
 そして、彼女は応えるように――

 ギチッ、と頬を引き攣らせ、あの笑いを形作る。

「供物、贄、餌!」

 その顔で……

「愚物、白痴、虚け!」

 その声で……

「死! 戮! 鏖!」

 それ以上、彼女を汚すな……ッ!!
 一瞬で抜刀の構えを取ると、眼光で殺さんばかりに奴を睥睨した。
 決意は、揺るがない。
 彼女を、止める。
 ……いや。
 そんな言葉で誤魔化すな。
 彼女を、殺す。
 そのために、魔戦を演ずる。
 まるで勝ち目のない死合いを、挑む。
 意志持つ剣技を、ここで滅ぼす。

【続く】

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