いま思いっきりハンドルをきったら
ニュージーランド南島の辺境地・カトリンズで過ごした3日間が終わった。次の目的地である、南島の南端にある港町・ブラフへと車を走らせる。
道中、空は真夏らしからぬどんよりとした雲に覆われており、やる気のない雨粒がボタボタボタと絶え間なくフロントガラスに落ち続ける。ワイパーを動かすも、その往復運動もまたおれにはなんともやる気なく思われ、ゴムがガラスに擦れるぎゅっ、ぎゅっという音が無駄に心を苛立たせた。
どこで間違ったんだろうな。それなりに武器は揃っていて、突き抜けることもできたと思うんだけどな。
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ニュージーランドの会社では都合4年半働いた。ウェブアプリケーションを開発するプログラマの仕事である。
控えめに言っても給料のよい仕事で、残業もなく、お金と時間ともに余裕のある素晴らしい環境に身を置けた。
お金も時間もあるものだから、プライベートではいろんなことに挑戦できた。
長年の超もやし体型に決別するために筋トレを始めたり、小学生以来に将棋を指し始めて初段を目指したり、副業のためにブログやオンラインサロンを運営したり、30代後半を迎える前にパートナーを見つけようと婚活にいそしんだり。
そして、驚くことに全部うまくいかなかった。
筋トレは超もやしがもやし、あるいは中肉中背になっただけだったし、将棋はいつまでたっても2級から上がれないし、副業収益はほぼ0になったし、婚活は恋愛市場における自らの需要のなさを露呈するだけに終わった。
本業のプログラマにも次第に身が入らなくなり、伝染病の影響でリモートワークが始まって人との接触が断たれてからというもの、ついにおれの精神は限界を迎えてしまった。
何かを頑張るだけの意欲はもはやどこにもなく、サラリーマンを辞めたおれの手元に残されたのはいくばくかの貯金だけ。その蓄えを切り崩しながら、いまは国中を放浪する日々だ。
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ニュージーランドのハイウェイは、ハイウェイなどとは名ばかりで、片側一車線で中央分離帯もガードレールもない道が延々続くだけである。
強雨の中、時速100kmで車を飛ばしながら、いま思いっきりハンドルを切ったら人生終わるんだよなと何度も考えた。
人生を続けるのは、終わらせるよりずっと難しい。難しくて苦しくて……それでも時々、本当に時々だけど、生きててよかったと心の底から思える瞬間があることだって、おれは知っている。
この放浪の日々も、いつか笑ってネタにできる日が来るはずだ。その考えだけが、今のおれにささやかなポジティブをくれる。
ブラフに到着後、精神の安寧のために外食を解禁した。
無職には似合わない、洒落たレストランのシーフードリゾット。いつもバナナとツナ缶とペペロンチーノしか食べていないからか、複雑な味を脳が処理できなくてちょっと笑った。