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春の月の始まりに

高校を巣立つ日、入学してすぐの頃を思い出していた。
乗り慣れない電車に揺られ、窓の遠くに桜並木が見える。
これから三年間、こうして通うのか。
春の明るい景色を前に憂いていたことを、手に取るように思い出せた。

短い三年間だった。それ以前の人生のどれと比べても。
そんなはずはない。四季を三度も重ねているのだ。こんなに儚いはずがないのに。

三十路の今、「一年」はもっと短い単位になった。

時の移ろいゆく早さを感じる。感じるどころではない、もっとはっきりとした自覚だ。
風の強い日の空を、雲が流れていくように。いつの間にではなく、目に見えて。
こないだ、と思えば三年前。少し前、と思えば五年前。
体感時間と合わないままに、年ばかり重ねていく。

あの頃との隔絶を感じている。
二十代の頃は、追憶と地続きの場所に立っていた。
道を辿れば私の根源に繋がっていると、まだ信じることができた。

時の奔流の只中にいる。
全てが一瞬にして過ぎ去っていく。噛みしめる間もなく過ぎ去ってしまう。
見知った景色が、手に馴染んだ青春が、さらに彼方へと押し流されていく。
記憶が遠ざかり、届かなくなる。この先は欠けていくばかり。

流れを止めようとする勇気はなく、諦めて受け入れるには恐ろしく。
平気な振りをして、目を背けてばかりいる。

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