見出し画像

年金は65歳受給開始が一番損!? -何歳から年金を受給するのが得か?-

テレビ番組では、可能なら年金の受給開始を繰り下げた方が支給額が増えるので得だと伝えられることが多い。果たしてそうだろうか? 試算したところ、受給を繰り上げた方が得になる可能性が高そうだ。

2024/8/28

年金の受給開始年齢で変わる年金受給額

年金は通常65歳から受給するが、希望すれば受給開始年齢を60歳〜75歳の範囲(1952年4月1日以後生まれの方)で1ヶ月単位で、繰り上げ受給または繰下げ受給することができる。執筆時点での制度では、繰上げ受給の場合は、1ヶ月あたり0.4%(一年あたり4.8%)年金支給額が減額される。繰下げ受給の場合は、1ヶ月あたり0.7%(一年あたり8.4%)年金支給額が増額される。
例えば、65歳受給開始時の年金の受給額が年額100万円の人の場合、60歳からの繰り上げ受給を選択すると、年額76万円に減額される。

$$
1,000,000円 × (1 - \frac{0.4\%×12ヶ月×5年}{100}) = 760,000円
$$

逆に75歳からの繰下げ受給を選択すると、年額184万円に増額される。

$$
1,000,000円 × (1 + \frac{0.7\%×12ヶ月×10年}{100}) = 1840,000円
$$

各年齢までの受給額の累計は、グラフ1のとおりだ。何歳から年金の受給を開始するのが得かは、何歳で死亡するかによる。

グラフ 1. 年金受給額累計

モデルケースとして、次のような人を想定して、60歳、65歳、70歳、75歳の各年齢で年金を受給開始した場合を比較してみよう。

  • 現在55歳 単身

  • 65歳年金受給開始時の受給額は、年額100万円

  • 年金受給を60歳から75歳のどの歳から始めようか悩んでいる人

  • 年金の受給を75歳まで繰り下げる場合、75歳で年金を除く収入や貯蓄がなくなり、月額20万円(年額240万円)の生活費を年金を原資とするお金で賄わなければならない

55歳に令和4年簡易生命表の概況に記載の平均余命(男性27.97年, 女性33.46年)を加えると、このモデルケースの平均寿命は男性が約83歳、女性が約88歳だ。
確かに、受給額累計だけを見れば、これらの平均年齢で死亡した場合、70歳まで繰下げて年金を受給開始するのが一番お得だ。年金をテーマとしたテレビ番組が、年金の繰下げ受給がお得だと主張するのも頷ける。
65歳年金受給開始が一番得になるのは、80歳で死亡する場合のみだ。

しかし、果たして本当に繰下げ受給が得なのだろうか?
70歳あるいは75歳まで年金の受給開始を繰り下げるか検討しているということは、その年まで、貯蓄や退職金、パートタイム収入などで、年金なしでもなんとか生活できると見込んでいるということだ。ならば、繰上げ受給して、受け取った年金を投資して増やした場合は、どうなるだろうか?

受け取った年金を運用した場合

グラフ2、3、4、5、6は、それぞれ受給した年金を全て年率0、2、4、6、8%の利回りで運用した場合の年金受給額の累計とその運用益をグラフにしたものだ。75歳以降は、(年金以外を原資とする貯蓄を使い果たしたと仮定し)受給した年金と運用益から生活費を年額240万円を引いている。

なお、年金生活シミュレーションツールを用意したので、みなさんの状況に合わせて、年金受給額や何歳からいくら生活費として取り崩すか設定して、ご自身の年金生活をシミュレーションしてみてほしい。

運用利回り0%のケース

グラフ 2. 金利0%で運用した場合

まず、年利0%で運用、つまり運用しなかった(あるいはほぼ0%金利で預金していただけ)場合を見ていこう。60、65、70歳で受給開始した場合はどれも大差なく、81歳で生活が立ち行かなくなる。
今回のモデルケースのように、75歳まで繰下げ受給しても生活費が年金受給額を上回るような場合、貯蓄がない状態で75歳を迎えると、いきなり生活が立ち行かなくなる。これは、以下の運用利回りが高い場合でも変わりない(運用する原資がないのだから利回りが高くても関係ない)。「年金だけでは生活できない」という年金生活者は多い。将来、年金だけでは生活できなさそうな場合は、少しでも年金受給額を増やそうと、ギリギリまで貯蓄を取り崩して年金受給開始年齢を繰り下げるのは、かえって悪手だということがわかる。

運用利回り2%のケース

グラフ 3. 金利2%で運用した場合

2%の利回りで運用すると、82,3歳で生活が立ち行かなくなる。運用しない場合より、1年少し生活可能な期間が延びる。

運用利回り4%のケース

グラフ 4. 金利4%で運用した場合

4%の運用利回りになると、受給開始時期による差も広がってくる。60歳から年金受給を開始していれば、モデルケースの男性の平均寿命83歳を超えて生活していける。

運用利回り6%のケース

グラフ 5. 金利6%で運用した場合

60歳から年金受給を開始していれば、モデルケースの女性の平均寿命88歳を超えて生活していける。

運用利回り8%のケース

グラフ 6. 金利8%で運用した場合

60歳年金受給開始の場合、運用利回り8%だと75歳以降は、運用益と年金受給額が生活費とほぼ拮抗するため、資産を減らすことなく生活を続けていくことができる。

年金受給開始時期に関する戦略

こうしてシミュレーションしてみると、年金受給開始時期については、概ね次のような戦略を取ると良さそうだ。

  • あまり長生きする自信がないなら、繰上げ受給して運用する。受け取る前の年金は遺族に残せないが、受け取った後の年金は遺族に残せる。

  • 長生きに備えたい場合で、繰下げ受給することで、年金だけで生活していける額まで年金が増額するなら、繰下げ受給を検討する。ただし想定外の出費に備え、年金受給開始時点で、ある程度貯蓄を残すようにする。

  • 年金だけで生活できそうにないなら、繰上げ受給して運用することで、できるだけ長く経済的に自立した生活を送れるようにする。

年金受給を繰上げたり繰下げたりすると、寡婦年金や加給年金額支給されなかったりするケースがあるので、年金受給開始前に、日本年金機構のホームページで調べたり年金事務所等に相談するなどして、見落としがないかよく確認しよう。

投資商品と利回り

「繰上げ受給した年金を投資して増やせばいい」というが、6%や8%で運用することが可能なのか? リスクなしの投資商品で可能かと問われれば、答えはノーだ。リスクを許容するなら、6%や8%のリターンは十分可能だ。高齢になってからでも投資を始めやすい投資信託を念頭に、いくつかの投資対象を見ていこう。

図1は、代表的な投資信託の一つであるeMAXIS Slim米国株式(S&P500)の目論見書の抜粋だ。多くの投資信託の目論見書には、このように、いくつかの資産クラスとの騰落率の比較グラフが掲載されている。

図1. 2024/7/25交付の三菱UFJアセットマネジメントのeMAXIS Slim米国株式(S&P500)の目論見書より

右側のグラフをみると、過去5年間にどのような投資対象でどのくらいのリターンだったか比較することができる。騰落率の平均値で8%を超える投資先として、新興国株(8.9%)、日本株(11.1%)、先進国株(18.3%)、米国株(S&P500)(20.0%)がある。
このファンドの20%の利回りは目を見張るものがあるが、この5年間は新型コロナ後の金融緩和による先進国の経済成長(特に米国)と、対ドルで50円近い円安の進行の二つのエンジンで、外国株は値上がりしてきた。今後もこれほど高い利回りが維持できるとは期待しない方が無難だろう。

また、銘柄コード1540の純金上場信託(現物国内保管型)は、金を投資対象とした上場投資信託(ETF)だが、図2の日本取引所グループの資料によると、高いリターンを維持している。こちらも、金の国際価格の上昇と円安の二つのエンジンで値上がりしているので、こちらも期待し過ぎには注意しよう。

図2. 日本取引所グループの資料より

リスクを抑えてより手軽に投資するなら、WealthNaviやSBIラップのようなロボアドバイザーを利用するとよいだろう。株、債券、不動産、金などに分散投資してくれ、収益性もまずまずである。

何に投資するにせよ、投資にはリスクがつきものである。2024年8月5日の日経平均の記録的な下落のようなこともありうる。よく調べて慎重に自己責任で投資する必要がある。目論見書や約款の類はよく読んで、納得できないなら投資は控えよう。

騙されたり窃取されないように

歳をとると、認知症も心配になるし、新しいことを覚えるのに苦労したり、他人に相談しづらくなったりして(あるいは相談した結果騙されたりして)、インターネットバンキングやオンライン証券口座のアカウントの乗っ取りや投資詐欺などの被害に遭いやすくなる。年金を繰上げ受給して運用するのはいいが、こうした被害で老後の資金を失っては元も子もない。
もし、自分の資産の管理や運用に自信がないなら、無理のない範囲で年金を繰下げ受給して、少しでも高い年金を受給できるようにしておく方が安全かもしれない。仮に年金を一度も受け取ることなく寿命を迎えたとしても、「損をした」と悔やむのではなく「私は若者に負担をかけなかった」と胸を張ればいいのだ。

年金制度はこれからも変わっていく

現在の年金制度は、マクロ経済スライドによって年金制度として賄える範囲でしか年金を給付しないようになっている。このおかげで、現役世代に過度の負担をかけないようなり、年金制度は破綻しないようになっている。一方で、年金受給者にとっては、物価上昇などに見合う額が給付されず、十分な貯蓄がないと年金受給者の生活が破綻する可能性は高まっている。

しかし、年金制度は少なくとも5年ごとに財政検証され、見直されることになっており、今後も制度変更されていくだろう。移民の受け入れや人口動態の変化によっては、好転することも、その逆もあるかもしれない。
制度変更に臨機応変に対応し、賢く制度を活用して、インフレに負けず、できるだけ長く経済的に自立した生活ができるようにしたいものだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?