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世界の終わりと夕涼み
ふぅっと、煙を吐く。
誰もいない庭に消えていく。それが妙に寂しく思えて、まだ吸い始めたばかりのタバコを踏み潰した。
偉い人の発表によると、今日の夜10時きっかりに巨大隕石が地球に衝突して世界は終わるらしい。
それが分かったのがつい3日前。何処へ逃げようとも無駄なので、多くの人々は自暴自棄。一部の人類だけがロケットで地球から脱出したとかあることないこと大小様々な噂も流れていた。
「くだらんな」
そのつい3日前のこと、彼女が死んだ。心臓の病だった。直後に世界の終わりが報道されたために葬式も行われなかった。墓すら買えず、死体も焼かれず、ひとまず彼女を預かった俺は腐らぬよう氷で棺桶を満たした。
彼女の死に顔は、元気な頃と比べれば確かにやつれているが、それでも俺にとって世界で比べるものの無いほど美しいものだった。
ただ、氷でいっぱいの棺桶に入った彼女は、出荷されていく魚のようだなと、世界の終わりにこんなことをしている自分の馬鹿馬鹿しさも相まって笑ってしまった。
不謹慎だろう、でもそれぐらいの事を咎めるようなやつはもうこの世のどこにもいない。
彼女自身すら、もう怒って口を聞いてくれなくなることも、非力な腕で叩いてくれることもない。そもそも喋らないし。
空は煌々と輝いている。終焉とはこうも美しいものなのかと感心してしまった。
久しく空を見上げたりしていなかった、彼女が入院してから死ぬまでずっと、下を向いて歩いていたような気がする。
「まあ、今更誰も気にしないか」
ふと思いついて棺桶から彼女を抱き起こす。久しぶりに抱えた彼女は、いつか持ち上げた彼女だとは思えないほどに軽かった。
自分の横に座らせて、一緒に空を眺める。こんな奇行をするなんて、自分も意外と唐突な終わりにおかしくなってしまっているのかもしれない。
死ぬのは不思議と嫌ではない、彼女の死すら今はさほど悲しくない。どうせ死んだ3日後には死ぬのなら、大差ないだろう。
空が先程よりも明るい気がする、終わりが近づいているのを確かに感じる。
さっきまで氷の中に居た彼女はとても冷たくて気持ちがいい。
「……愛してたよ」
生きてる時にも言ったことがないような歯の浮いたセリフを言ってしまった。やっぱり、ちょっとおかしくなっているんだろう。
「過去形なの?」
声が、した。彼女の声だ。最後はもう、声も出せなかった彼女の、綺麗な声。
「ねぇ、過去形なの?」
ははっ、と、思わず笑ってしまう。死人の声が聞こえた、遂に狂ってしまった。ああ、まあ、でも、そうだなぁ。
「ねぇってば」
世界の終わりにくらい、奇跡が起こっても別にいいか。明日も、明後日も、そのずっと先ももう無いのだから、この程度のサービスはあって然るべきだ。
「いや、」
「これからも、ずっと、愛してるよ」
隕石が地球に衝突した。
「死ぬほどね」
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