「失格人間紀行」(1)

「失格人間紀行」
ー2018年 4月 10日 (1日目) ー

「旅に出ます、探さないでください。」

こんな台詞を、まさか現実で使う事になろうとは思いもしなかった。
ルーズリーフに書かれたお世辞にも綺麗とは言えない字が、なんとも馬鹿馬鹿しく見えて仕方ない。
パッと見では悪戯なのではないかと疑われても文句は言えないだろう。
いい歳こいて何やってんだと言われそうだ。
だが問題はない、何故ならこれは悪戯でもなんでもなく、ただ事実を記しているだけなのだから。
そう、僕は旅に出る。
目的地は決めていないが、とりあえず日本制覇をしてみようと思う。

帰るつもりは、無い。

集めていた漫画本や小説を全て売った、
思ったよりも高く売れてくれた。
いや、思い出の値段としては安いのかもしれない。
誰かが僕の思い出を受け継いでくれることを願うばかりだ。
ゲーム機やパソコンもなかなかの値段で買い取って貰えた、これだけの金と貯金があれば、まあ当分は何とかなるだろう。

「ああ…そうだった」

スマホを開き、ポチポチとメッセージを打ち込む。
結局、フリック入力とやらを会得すること無く手放すことになった。

「旅に出る、でも気にしないでくれ」

本日二回目だ、
どっかのモンスターマスターかと思うくらい旅に出たがるやつだなと、自分で笑った。
仲の良い友人数名に同じメッセージを送信して、スマホを初期化した。
2時間後、想像していたよりも売値は安かった。

着替えを上下で3着ずつ、
下着と靴下も同じく、
いずれ必要になるであろうコートと防寒具も突っ込んでおいた。
コップと箸、小型テントに寝袋、
とんだ大荷物だ。

「さて…」

荷物を担いでドアノブに手をかける。

「…あ、そうだ」

一旦荷物を置いて、テレビ台を開ける。
少し型落ちのカメラを取り出し、
僕は旅に出た。

パシャ

もう来ることは無い、
20年暮らした家の写真。
撮ったことも無かった、
撮るとも思っていなかった。
最初で最後だ、覚悟は出来ている。

この手記を、紀行文を読んでくれている誰かに、僕は説明をする義務があると思う。
勿論、何故多くのものを切り捨てて旅に出るのかということについてだ。
正気の沙汰では無いと思うだろう、
そこは安心して欲しい、
僕も正気ではないと思うし、
事実僕は正気じゃない。
その理由だが、今記すには些か早い。
なので簡単に説明する。
僕は平凡な大学生だった。
無事に一年次を終え、二年に上がったばかりである。
そんなある日、
僕は全てが面倒になってしまった。
大学は勿論のこと、バイトも、人付き合いも、趣味も、食事すら、
面倒で、面倒で、やる気にならなくなった。
生きる意味を見失って、
世界に色が無くなったようだった。
人間としての在り方を失った。
人間としての資格を失った。
僕は「失格人間」に成り下がった。

(そうなる理由なのだが、それはどうしてもまだ書きたくない。
いずれ書くことにはなるだろう、気長に読んでいってほしい。)

そして僕は死ぬことに決めた。
だが、その前にやらなければならない事があった。
それがこの旅だ。
大学に自主退学の届けを出した、
バイト先には辞める旨のメールを送った。
持ち物の殆どを売り、
僅かな貯金と最低限の必需品、
そして型落ちのカメラ。
それだけを持って旅をする。
既存の繋がりの全てを棄てて、
いつか何千ページにも渡るであろうこの紀行文と、
何千枚にもなるであろう写真、
それだけを遺して僕は死ぬ。

これはそういう僕の話だ。

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