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「失格人間紀行」(6)

「失格人間紀行」
ー2018年 4月15日 (6日目)ー

……嫌な目覚めだ。
身体中がダルく、重く、汗をかいている。
夢の内容は訳が分からなかったが、死ぬ時の感触は妙にリアルだった。
まあ、死んだ事などないからリアルかどうかなんて分かりようがないのだけど。

さて、長崎で2日目の朝を迎えた。
昨日は観光らしい観光をしていない。
平和公園に行き、ちゃんぽんを食べ、
…ちょっとしたイレギュラーに出逢っただけだ。
出島か、ハウステンボスにでも行こうか。
気楽に行ける距離なのか分からないが。
金銭面の不安もある、今はまだ大丈夫だが、いずれこの金も尽きるだろう。
そうなった後どうするか…。
考えるだけで憂鬱だ。

ホテルを出て、駅員に出島への行き方を聞いた。
駅には外国人観光客が団体でいて、
まるでここだけ異国のようだった。
僕だけが異質な気がして、足早に去った。

出島に到着した。
現在出島には昔あった倉庫や、昔の出島のミニチュアが展示してある。
やはり海外からの観光客が多く、そこかしこから異国の言葉が聞こえてくる。
不思議な気分だ。

「来たはいいものの…、それほど見るものもないな。」

いや、実際は色々とあるのだろうが僕はそこまで歴史的価値などに詳しい訳ではないし、
この場の雰囲気がどうにも苦手らしい。
とりあえず写真を数枚撮って出島を後にした。

「フェリー?」

「ええ、島原から出てるんですがね、それに乗って熊本に行くことができますよ」

出島をでて、次の県への移動方法を考えているときにチラシを配っている人を見つけた。
それによるとフェリーで熊本まで行けるらしい。
だが…。

「料金はどれくらいなんでしょうか…」

「片道1000円です!海風は気持ちいいですし、お手頃な値段だと思いますよ!」

思っていたよりかなり安かった。
これなら心配をする必要はない。

「ああ…ただここからですと大体公共交通機関で2000円くらいかかりますかねぇ…」

そうなのか…いや、仕方ないだろう。
どうせならフェリーにも乗りたいところだし、行くとしようか。

「わかりました、行ってみます。ありがとう」

「いえいえ!お気をつけて~」

お兄さんはいつまでも手を降っていた。

というわけで島原にやってきた。
この地名は聞いたことがある、天草四郎の…うん、なんか色々あったあれだ。
歴史好きには怒られてしまうな。

フェリー乗り場にはかなりの人がいた、やはりここにも海外からの観光客が大勢いる。
なんだなんだ…どこに行ってもアウェイ感が拭えない。
一人旅の心細さを今更味わう事になろうとは。

フェリーに乗り込み、出航するのを待つ。
風が冷たい、海からの反射光が眩しい。
船内からの喧騒が波の音に掻き消される。
ああ…落ち着くな。

「あの~」

「へ?」

突然声をかけられ変な声が出てしまった。

「あっ、すいません、シャッター押して貰えませんか?」

カップルらしい男女の彼女が声をかけてきた。
いつの間にか船は出ていたようだ。

「ああ、もちろん、どこで撮ります?」

「ありがとうございます!じゃあ……ここで!」

「お前…迷惑だろ知らない人に。すいません、ありがとうございます」

彼氏の方が僕に遠慮する。

「いえいえ、気にしなくていいんですよ、大切な、思い出ですから」

本当に仲睦まじい、歳の程も僕とそう変わらない…
反射光より、眩しい。
喧騒よりも、苦しい。

ーーーーーーーーーーーー

『ねぇ、写真撮ってよ』

夕暮れ、笑いながら振り向く、
消えゆく記憶、消したくない思い、
震える手で、悔しさで震え続ける指先で、
僕はシャッターを

ーーーーーーーーーーーー

「…っ!!!」

我に返りスマホを構える。

「撮りますねー、はい、チーズ」

カップルは礼を言って船内に戻っていった。
2人の姿が見えなくなってから、ベンチに倒れるようにして座り込み、深い深い溜息を吐いた。
思い出してしまった。
駄目だ、考えるな、やめろ、
忘れろ、今は、今は考えるんじゃない。
夕暮の景色が眼球を焼き尽くそうと迫る。
あの笑顔が僕を呪う。
死ね、死ね、死ね、と何処からか声が聞こえる。
それが自分の口から漏れているものだと分かったのは今にも手を滑らせ落ちそうなほど海面を身を乗り出して見ているときだった。

駄目だ、駄目だ、駄目だ、
でも、
落ちてしまえば。

「なぁ、死にたくなったのか?」

「!?」

背後から聞いたことのある声がする。
反射的に上体を戻し振り向く。
「あの男」が立っていた。

「死にたくなったら言えって言ったのに…。
しかも海にドボンとか、1番つまらねぇ」

声が出ない。
なんなんだコイツは、何でここにいる。
殺す気なのか?
いや、今死のうとしてたんじゃないか僕は。
あれ?なんだ?わからない。
なんでこんなことに。

「死ぬってのは、まったく特別な事なんかじゃねぇんだよ」

「…?」

「誰にでも訪れる。動物にも虫けらにも、草花や土地、星だって死ぬ時が来る」

「何が、言いたい」

「そんな何にでも与えられる死をよ、人間ってのはどうも神聖なものみたいに扱うんだよ。
特に大切な他人の死とかよぉ、無意味に理由を探したりすんだよなぁ。
死ぬのに理由なんてねぇのにさ」

何を言いだしてんだ、わからない、何の話だよ、
でも、
無性に腹が立つ、殴りたい、殴ってやりたい、
コイツは死ぬことを馬鹿にしている。

あの人を馬鹿にしている!!

「お前の大切が死ぬことに意味なんて無かったし、それを悔やんでお前が死ぬことにもなんの意味も無い。
ここから落ちてお前が死のうが、明日誰かに腹を裂かれて死のうがこの世に全く変わりはない。
人の死なんてそんなものだ、二酸化炭素を吐き出し、有機物を消費し糞を垂れ流すことしかしない、70億以上もわらわらといる肉の塊が一体活動を停止するだけ。
さて、どうするんだ?」

言いたいことはわかった。
何故こいつがここに居るか、そんな話をするかはどうでもいい。
こいつの言っていることはきっと正しいのだ、
でもそれを、僕は認められない。
正しいと思えても、それに頷くことはできない。
何故ならそれは、その行為は、あの人の死が無意味だと認めることになるからだ。

「消えろ、僕の前から失せろ。
無意味なんかじゃない、この世界にとって、世界中の人間にとって、命にとって、なんの意味も持たない死だったとしても、
あの人にとって、そして僕にとっては意味のある死だったんだ。
僕は、それを証明する。
証明するために、旅をやり遂げる。
だから失せろ、お前に用はない。」

声が出た、恨み節だ。
震える声で、震える体で。
なんとか、やつの目だけを睨んで。

「…はっ。ま、いいだろう、好きにすりゃあいい。
死にたくなったら呼べよ。
出来損ないの死にたがり。」

グラッと視界が歪む。
いしきはしろいせかいにのまれていった
おとこがさるのをみた
ゆめのなかにでもいたのかな
ああきょうはもういいや

バタッ。

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