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「失格人間紀行」(3)

「失格人間紀行」
ー2018年 4月 12日 (3日目)ー

佐賀県に到着した。
実際には10時間以上前には着いていたのだが、
深夜に着いたためそのまま駅近くのカプセルホテルに吸い込まれて行った。
眠過ぎて記憶は無い。
電車でも寝ていただろうって?
それはそれ、これはこれだ。

「さて、何処に行こうか。」

恥ずかしながら僕には地理の知識は全くない。
正直に言うなら47都道府県の場所もちゃんと覚えてはいない。
そんな知識で日本制覇を目指しているのだからよほど死にたがりなのだろうと思う。
まあそんな僕なので、佐賀の観光地など知る由もない。
更に言うならお金も余裕が無いのであまり使いたくはない。

そんな事を考えながら2時間近く駅前のベンチでぼーっとしていた。

「お兄さん、山にでも登るんか?」

「へ?」

突然話しかけられたので間の抜けた声が出てしまった。
目の前には小柄なお爺さんが珍しいものを見る目で僕を見ていた。

「あ、ああ。この荷物ですか。違うんです、僕旅をしてて。といってもまだ2日目なんですけど。」

「ほ~。このご時世に旅人さんかい。ご苦労なもんだのう。何処に行くんだい。」

「いえ、決まってないんです。地理に疎くて、観光地なんかも知らないんですよ。」

僕がそう言うとおじいさんはしばし悩んで、口を開いた。

「おお、そうだ、あそこなら知っとるんじゃないか?」

「あそこ、といいますと?」

「遺跡だよ、吉野ヶ里遺跡」

言うまでもないとは思うのだが、方言というものが存在する。
もちろんこちらのおじいさんも方言交じりで僕と会話をしているのだが、
流石に初めて聞く方言を全て暗記して記す事は僕には不可能だ。
その理由と、誰が読んでもいいようにという理由で、ここに記される会話は基本標準語にする。

駅からバスで約30分、そこから少し歩いた所にそれはあった。
記憶は殆ど無いけれど、たしかに僕はここに来たことがある。
小学校の修学旅行以来だ。
バスも入場料も大したことは無かったので助かった。

そうか、ここは佐賀にあったのか、本当に地理に興味が無いんだな僕は。
そもそも佐賀で調べればすぐに観光地として出てきそうなものを…何を調べてたんだ昨日。

やけに床が高い所に作られた小屋がある。
高床式倉庫と言うらしい。
…いや、流石に僕でも覚えている、
害獣や害虫の侵入を防ぐために地面から離し高い位置に作られている倉庫だ。
それを支える柱には「ねずみ返し」と呼ばれるものが付いていて、柱を登らせないような作りになっている。

竪穴式住居。
とてもシンプルな作りの昔の家屋だ。
地面に穴が掘られており、それを囲むようにして植物でつくられた屋根のような物がある。
中は意外と広く、覗いてみると昔の調理道具などのレプリカが飾られていた。

とても大きな堀がぐるっと一帯を囲っている。
深さは僕の身長より少し浅い程度であるが、
実際はもっと深いのだろう、
敵の侵入を防ぐ役割があるものだ。
城跡にも残っていたりするな。

博物館のようなものがあった、
土器や石器のレプリカが並べてある。
とても大きな土器があった。
どうやら死人を埋葬する際に使う棺のようなものらしい。
こんな狭い中に押し込められたうえ、土に埋められるというのだから死人とは酷く窮屈なんだなと同情した。
自分のときには開放的な扱いをしてほしいものだ。

それぞれの場所で何枚か写真を撮った。

あまり上手とは言えない、そのうちマシにはなるだろう。

しばらく見学して疲れたので、
ベンチに座ってあたりを眺めていた。
すると子供が走ってきて、僕の隣にちょこんと座った。
…なんだ、気まずいな。
声をかけてもいいものなんだろうか。

「ねぇ、おじさん」

「え、おっ、おじさん?」

「うん、おじさん」

「僕は、そんなに老けて見えるだろうか…」

いやまあ、子供から見れば20歳なんておじさんなのかもしれない。
そう思いたい。
そういうことにしておこう。

「あ、なんかごめんね」

子供に気を遣わせてしまった。

「いや、全然構わないよ。何か用かい?」

「おじさんひとりで何してるんだろうと思って」

「あ、ああ…、確かに、怪しいよね」

「ううん、そうじゃなくて。先生がね、言ってたんだ、ひとりぼっちはさみしいから、仲間はずれをつくっちゃだめなんだって」

「なるほどね、君は優しい子だ」

「おじさん友達は?ひとりなの?」

ううむ…。嘘をついても仕方ないか。

「ああ、僕はひとりで来たんだ。君にはまだわからないかもしれないけど、大人になるとね、ひとりでいたい時間が増えるんだよ」

子供は脚をバタつかせている。

「でも、俺もお父さんとか、お母さんとか、あっちいってって思うときあるよ」

「そうなのか、どうしてだい?」

「宿題しなさいーとか、片付けしなさいーとか、何でもちゃんと食べなさいーとか、うるさいんだもん」

「ははは、そうだね、親ってのはそういうもんだ。僕の所もそうだったよ」

「そうなんだ、おじさんも一緒だね」

大きな鳥が空を旋回している。
澄み切った空に一羽だけ悠々と。
あたりに人の気配はなく、
このベンチの周りだけ世界から切り離されたようだった。

「親御さんが嫌いかい?」

「ううん、好きだよ。たまにいやだなーって思うけど、それでも二人とも大好きだし、しーちゃんだって好きだよ」

「しーちゃん?」

「おれの妹!」

「そうか、そりゃあいいことだ」

親、家族、人間を形成するにあたり、核にあたる存在。
勿論僕にもいる、両親共に健在だ。
この少年と同じく兄弟が一人いる。
久しく話していないし、もう会うことも無いけれど。

「おじさんは…」

「たくー!何してるのー!」

子供の言葉を遮るように、遠くから母親らしき人の声がする。

「あ、おかあさんだ」

「呼んでいるね、ここでお別れだ」

「ばいばいおじさん、元気でね」

「………ああ、元気で、さようなら」

少年が遠くで手を振っている、
母親が僕に会釈をしたのが見える。
あたりを静寂が支配した。

元気でね、その言葉に直ぐ返事をすることが出来なかった。
なんて事はない会話だ、もう二度と会うことも無い他人だ、適当に言っておけばいいのに。
僕は死ぬ、自ら死を選ぶ。
それだけは変えない、変えられない。
だから嘘でも言うことができない、また会おうだなんて、元気でいるよなんて、
生きたいだなんて。
いつのまにか空が茜色に傾き始めていた。
遺跡を後にして駅前に戻った。

交番で尋ねたところ、近くにビジネスホテルがあるらしい。
一泊なら大した金額にはならないので、今日はそこで泊まることにした。

帰る家があるのなら、帰る場所があるのなら、
きっとそこに帰るべきで、そこでは心が安らぐ筈なのだ。
でもどうやら、人間として失格の僕は、失格人間であるところの僕には、帰る場所は帰りたく無い場所であり、
安らぐ筈の空間は、ゆっくり僕の首を絞める息の詰まる空間でしかない。
誰も悪くはない、悪いのは僕だけだ。
僕だけが、同じところで足踏みをしている。
だから遠く離れていたくて旅に出た。
この気持ち悪い感情を殺すために。

シャワーを浴びてベッドに座る。
夜のニュースで人が死んでいた。
出来ることなら代わってやりたいと思った。

遺跡で撮った写真のデータを確認して、
やけにサラサラで気持ちの悪い布団で寝ることにした。
修学旅行で友達とやった枕投げ、窓を割って怒られた時の夢を見た。

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