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「失格人間紀行」(4)

「失格人間紀行」
ー2018年 4月 13日 (4日目)ー

佐賀で2日目の朝がきた。
ぐっすりとは言えないが、充分に寝ることが出来たと思う。
外から街の喧騒が聞こえる。
今日は何処に行こうか。

最近のビジネスホテルというのはとても進化しているのだなと感心した。
いや、最近もなにもビジネスホテルに泊まったことなんて初めてだから何様なんだという感じではあるのだが。
一階にビュッフェがあり、宿泊客は無料で朝食を摂ることが出来た。
これがなかなかに美味い。
品数も豊富で和洋中なんでもござれといった感じである。

「ふう…」

朝食を終え部屋に戻る。
荷物を整理し、必要はないと思うのだがある程度部屋を整え、
チェックアウトのためフロントに向かった。

天気のいい日だ、清々しい青空。
ここでようやく僕は気づいたのだが、
スマホが無いのはかなり不便だ。
特に旅をするにあたり、目的地やそこまでの道のりを調べるツールがないというのはとても困る。
とはいえスマホは売ってしまったし、
新しく買うのにはかなりの金がかかるうえ、
もしかしたら僕を探している家族に場所がバレてしまう可能性がある。
しかし…不便だ…。
何とかならないものだろうか。
まあ、後で考えることにしよう、とりあえず誰かに聞いてみるか。

駅に到着すると、昨日のおじいさんがいた。
毎日ここに居るのだろうか、
僕の地元にも名物じいさん的な人はいたけれど、そんな感じなのかもしれない。
昨日のお礼も言いたいので話しかけることにした。

「おはようございます、おじいさん」

「ん?おお、昨日のお兄さんじゃないか。
吉野ヶ里はどうだったよ」

「ええ、お陰様で楽しめました、ありがとうございました。」

「いいんだよ、大した事は教えちゃいねぇ。
今日もどこに行くか決めてねぇのかい?」

「はは…、恥ずかしながら、その通りです」

おじいさんはまた昨日のようにしばらく考え口を開いた。

「そうだなぁ…、よし、じゃあ今日はワシに着いてきなさい」

「え?それは構いませんけど、どこに行くんですか?」

「ふっふっふ、そりゃあ秘密だ。安心せい、金はほとんどかからん。だが行って絶対に後悔はせんぞ」

自信たっぷりといった感じだ、
昨日もお世話になったことであるし、この提案には乗るべきだろう。

「じゃあ、お言葉に甘えて。ご一緒させてもらいます」

「まかせなさい」

近くの駐車場に停めてあったおじいさんの車に乗り、目的地に向かう。

「お兄さんは何でまた旅なんかしてんだい?
見たところ学生さんだろう?大丈夫なのかい?」

そりゃあ気になるよな…。
僕がおじいさんでも同じ質問をするだろう。
なんと答えたものか…。

「ええっと、もう学生じゃないんです。
大学は旅に出る前に辞めてきました。」

「ほう、そりゃあ随分と。ワシが決めることじゃあねぇが、ちょっと勿体なくねぇのかい?」

「そうですね…、世間一般でみて勿体ないし、愚かな事だとは思います」

「だよなぁ、じゃあなんで辞めちまったんだい」

「それは…」

言葉に詰まる。
嫌な記憶が、奥底に沈めたはずのそれが、
意識に浮上しようとする。
手が震え、冷や汗が出る。
動悸がする、視界が黒く塗りつぶされていく。

「おい、お兄さん、大丈夫かい」

「っはい、大丈夫、です」

声をかけられ我に返る。
汗が引いていく。

「なんか、言いにくいこと聞いちまったんだな、悪かった、気にしねぇでくれ」

「いえ、そんな、ありがとうございます」

「……後悔はねぇのかい」

「ありません、それだけははっきり言えます」

それを聞くとおじいさんはがははと笑った。

「ならいい、それでいい、何処までも行きなさい。きっと何か見つかるだろうよ」

この旅の果て、いつか訪れる終わり。
僕は何かを得ているのだろうか、
それとも何もかも失いただ終えるだけだろうか。
それでもいい、この旅はそういうものだ。

「もうすぐ着くぜ、荷物は置いときな。安心せい、取りゃあしねぇよ」

車を降り、辺りを見回す。

「神社、ですか?」

「そうだ、まあとりあえず拝んどくか」

………
願うことは特に思いつかなかった、
適当に旅の成功を願ってみた。
成功がなんなのかは僕にもわからないが。

「よし、じゃあいくか」

「え?どこにですか?」

「こっちが本命だ、ついてきな」

ーーーーーーーー

「これ…」

「うん、木だ」

「木ですね…。なんていうか、凄く迫力があるっていうか。
大きいけど、なんだか優しいような気も」

「こいつぁな、樹齢3000年以上の楠だ」

「3000!!西暦より長いじゃないですか」

「へへ、この中の空洞はな、大体12畳くらいある」

「ぼ、僕の住んでた部屋よりデカいです…」

とても大きな木だ。
迫力があり、生命力を感じる。
しかしどこか優しくて、
何か許されたような感覚になる。

「ここはな、昔ばあさんと来たんだ」

「奥さんと?」

「そうさ、でぇとすぽっととして有名なんだぜ?」

「へぇ、仲がよろしいんですね」

「そうさな、よかった、だな」

あ、そうか、もしかして

「あの、もしかして」

「ああ、随分前にな、まだまだ若かったのによう、もったいねぇぜまったく」

「そう…なんですね」

風が吹く。
風が薫る。
葉が揺れる。
涙が出てくる。

「ああん?おめぇが泣くことじゃねぇよ、言ったろう?随分前の話だ、もう最近じゃあ顔も思い出せねぇよ」

人の死、
顔も名前も、何も知らない他人の死。
でも、ここにいるこの人の、
大切だった人の死で、
今でも大切な人の死だ。

「ごめん…なさい…ちょっと、止まらないです」

「変なやつだなぁ。
乗り越えたってのはちげぇけどよう、
くよくよしたって仕方ねぇんだよ。
そんなワシを見てもばあさんは喜ばねぇ。
なんせこの笑顔でおとしたんだからな!」

そう言っておじいさんはにかっと笑った。
その在り方は、僕には無いものだ。
何年経とうとも、至れない場所だ。

パシャ

一枚だけ、写真を撮った。

ーーーーーーー
「ありがとうございました」

駅近くのパーキングに戻ってきておじいさんに礼を言う。

「いいんだよ、息子と居るみたいだった、楽しかったぜ」

「息子さんがいらっしゃったんですね」

「おう、もう何年も連絡とってねぇけどなあ。どっかでのたれ死んでるかもしれねぇな」

現実にそんな家庭もあるのだな。

「きっと大丈夫ですよ、元気でやってます」

「そうかい?そう言われるとそんな気がしてきたなぁ。
そうだ、お兄さんよ、もし旅先で息子に会うことがあったら伝えてくれ、いつでも帰って来いってな。
まあそうそうそんな奇跡はねぇだろうけどよ、現実は小説より奇なりって言うしよ」

「わかりました。あ、そういえば、おじいさんの名前はなんていうんですか?」

「言ってなかったっけか。花村 源二だ、よろしく頼むぜ」

手を差し出しながらおじいさんは名乗った。

「はい、任せてください。
必ずお伝えします」

手を握り応える。

「じゃ、頑張れよ。」

「ありがとうございました」

おじいさんは無言で手を振りながら車で走り去った。
さて、僕も行くことにしよう。
時間もちょうどいいくらいだ、
次は長崎だ。

電車に乗り込み、
しばらくして睡魔に襲われる。

目の前にあの大楠があった。
誰かの笑い声がする。
聞いたことのある声だ。
その正体を知りたく無いと思った。
見たら帰ってこれない気がしたからだ。
帰ってこれない?
別にいいじゃないか。
元より死ぬつもりなんだろ。
いや、だめだ、まだダメなんだ。
果たしてない、果たせてない。
笑い声が止む。
不意に肩を叩かれる。
振り向いた僕は、
血の味がするほど叫んでいた。


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