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丁度いい寂しさが丁度いい

新年明けましてで、実家に帰省し、家族との時間を過ごしている
ふと物悲しくなる時があり、それに耐えがたい時に母親に電話をする
近況のことしか話さないし、持病のことがあっていつも口を開けば「薬は飲んだのか」とか「酒は飲んではいけない」とか
正直辟易している
そういう時に限って寂しいのだ
肌が、心がコミュニケーションを求めて泣き叫んでいるのに、通り一遍のことしか言われないから厭になる
丁度いい寂しさがあるから、表現の欲求と磨きが生まれる
そうでなくては私ではないのだと思うにつけ、嫌な性格に生まれたものだと思う
丁度良くない寂しさもある
父親は孫を大変に目に入れている
だから当然割を食うのは私と兄弟で
いつも厭な思いをする
自分たちが楽しみたいだけの空間に家族という呪縛を持ち込もうとする
当然それが私の喜びになることもしばしばある

本当に厭なのは祖母が蔑ろにされていることだ
新年、少ない親戚の前でカラオケを歌わせ、自分たちは箸をつついている
歌い終わって申し訳程度の拍手で労った
そういう丁度いいと思っていた優しさが、無下にされた時に一層強く恨みを買うことを誰も知らない
私はそういう度を越した寂しさを軽蔑する
家族を軽蔑する
お年玉を毎月くれればそれでいいや、とも思う

少し寂しいくらいで
だから余計な落胆もなく
そんな穏やかな愛をはぐくむ相手がいたらよかったのだ


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