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第十回:日本の古いシングル

片岡義男『ドーナツを聴く』
Text & Photo:Yoshio Kataoka

ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。片岡義男が買って、撮って、考えた「ドーナツ盤(=7インチ・シングル)」との付き合いかた


『むらさき小唄』は一九三五年から始まる松竹キネマのシリーズ映画『雪之丞変化』の主題歌だ。主演したのは林長二郎、のちの長谷川一夫で、歌ってレコードにしたの東海林太郎だった。『明治一代女』という歌は一九三五年に川口松太郎の小説を原作にした日活映画の主題歌だ。主演は入江たか子で、レコードにしたのは新橋喜代三という人だ。一九五〇年代なかばから後半にかけて再発売されたシングル盤だろうと、僕は見当をつけた。確認する手段は、少なくとも僕が試みた範囲では、ないようだ。

田端義夫の『白虎隊』は一九三七年の藤山一郎の歌がオリジナルだという。田端のは調べたが不明だ。『大利根月夜』は一九三九年の田端のオリジナルだ。このシングル盤は一九六四年に再発売されたものだ。

『船頭小唄』は一九二三年の作品で、レコードになる以前から、日本じゅうで歌われていたという。大流行のさなかに関東大震災があった。この歌を主題歌にして映画が作られ、主演した栗島すみ子はこれでスターになったという。最初にレコードで歌ったのはなんという歌手だったのか、突き止めようとしたのだが、出来なかった。森繁のは一九五七年の発売だった。

小坂一也の45回転盤はうれしい再会だった。こんなものがまだ手に入るとは。しかも安価に。高校生の僕は四人の仲間とともにカントリー・バンドを作っていた。そのバンドで四曲とも歌った。英語の原題をMontana Moonという歌がある。日本語題名は『モンタナの月』という。Montanaはモンタナ、そしてMoonは月だとすると、「の」の字ひとつがあまる。この「の」はなになのか、という問題をめぐって、メンバーは論じた。モンタナの一部分である月なのだから、「の」は明らかに所有格の「の」だと、ベースの男が主張した。

僕が論じたのは、この「の」は省略の記号のようなものだ、ということだった。モンタナの「夜になると空にあらわれ、あちこちを照らす」月、という省略された意味を示すための「の」なのだ、という説だ。この説をいまでも僕は信じている。45回転盤は一九五六年に市販されたものだろう。

水原弘の『黒い花びら』にフランク永井の『夜霧に消えたチャコ』は、どちらも一九五九年だ。水原のB面は『黄昏のビギン』であり、永井のB面はウィリー沖山の『そうなんだ』だった。

一九五九年はまだ続く。フランク永井の『東京ナイトクラブ』は一九五九年だが、デュエット相手の松尾和子『再会』とカップリングしたこのシングルは70年代の発売だろう。それからスリーキャッツの『あの時帰れば』は、B面が『私は独りに弱いの』という歌だ。「誰かに甘えていたいのよ」と彼女たちはこの歌を歌い出す。

小林旭の『十字路』のB面は『ハイウェイの男』という歌だ。そしてペギー葉山の『南国土佐を後にして』のB面は、『ドクトル・ジバンヌ』という歌で、作曲したのは葉山だという。以上、日本のシングル盤を十枚、紹介してみた。


片岡義男
かたおか・よしお。
作家、写真家。1960年代より活躍。
『スローなブギにしてくれ』『ぼくはプレスリーが大好き』『ロンサム・カウボーイ』『日本語の外へ』など著作多数。近著に短編小説集『これでいくほかないのよ』(亜紀書房)がある。 https://kataokayoshio.com


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