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連載 第二回:LOVE ÷ STORY

最果タヒ『MANGA ÷ POEM』
Text:Tahi Saihate / Illustration:Haruna Kawai

ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY でも大好評だった詩人・最果タヒの新連載が登場。好きな「漫画」を、詩人の言葉で見渡すエッセイ


 何かを愛している人を見るのは安心する。その気持ちに共感や理解ができなくても、何を言ってんだ?と思うことの方が多くても、相手が私の共感を必要とすることなどないから、平気でいられる。好きだという気持ちや、愛情について、何らかの落とし所や結末を求めることが当たり前になってしまった世界が、私は好きじゃない。好きと思ったら、どうなりたいか、どうしてほしいかまで考えなければならなかったり、要求を聞かれたり、愛情を持つことは、その愛情が伝わったり、拒まれたりする結末ありきなのだと思わされたり。私は多分、愛情が当たり前にラブストーリーにされることが耐えられないのだ。
 人が何かを好きと思った時、本当はその好きは、その対象すら関係のない、たった一人の胸の中に咲いたもので。その瞬間がどこまでも高潔で私は大好きだった。

 ZUCCA×ZUCAは宝塚歌劇のファンの日常を4コマで描いた漫画作品で、私は宝塚を全く見ていなかったころ、この作品を愛読していた(宝塚を見てみることにしたのもこの漫画が好きすぎて10周ぐらいしてしまったから)。それは何かを好きだという気持ちが、その好きだと思った瞬間の独立した星みたいなかっこよさを保ち続けて描かれているから。好き、という感情に結末が必要なわけではなく、好き、という感情は一人の人の人生をいつまでも豊かにする寄り添う河のようなもので、そんなふうにどこまでも描かれているこの作品が好きだ。愛は日常のものだと思える。愛を物語として、その人の日々から切り離さない。そしてそれ以上にドラマチックなことはないと私は思っている。

 誰にも理解されなくてもよい、と思える感情が一つでも自分にあるなら、それは自分だけの人生をちゃんと手にしているというその実感につながるだろう。理解されないとか共感されないとか、そういうのは孤独なことに見えるけれど、本当は、理解されたい・共感されたいと願い続けてしまうことこそが「孤独」なのかもしれない。たとえ誰にも理解されない気持ちでも、自分の中にそれがあって、そのままで良いと思えるなら、それはさみしさとは違う。むしろどこまでも飛んでいける鋼の矢に、生まれ変わったようにさえ感じる。自分が、自分だけのものになる瞬間なんじゃないか。

 そうは言っても悲喜交交はあります。愛するとは日常のことなので、別れも出会いも悔しさも喜びもあちこちにあって、それらが全て納得のいくものであることはないし、理解されなくてもいいと言ったって、第三者はそこに疑問を持つことはあるし、その疑問をいつだって無視できるわけではない。他者と生きる限り、そして生活の中に他者が関わっている限り、理解してもらわなくて良いと思っていても、関わりがあるからこそ、相手は、理解できないことを不安に思ったり、否定したがることはあり、そうした関与に対して無反応ではいられないとき、「わからなくてもいいことなんだ」と言葉を尽くして伝えても、届かないものが多くあると感じます。理解されたいわけではないのに、理解されなくちゃ不自由になってしまう。そうやって本来なら理解されなくて良いと思っていた「好き」が、他者にもわかってもらうため、デフォルメされ、一般化され、伝えられていくこと。そのたびに「理解」を得ても余計にさみしくなっていくこと。「好き」は高潔でも、それをそのまま守っていけるほど、自分は自由ではないんだと気付かされることがあります。

 でも、そうやって集団の中で妥協しながらもそれでも好きであること自体は変わらないとき、私は「好き」を穢すことは少しもしてないと確信できるのです。みっともなくもがくことはあっても、もがくことさえ生活の一部としてあるはず。どんな日常でも、どんな悔しいことの繰り返しでも、それでも高潔な花が一本、胸の温室にあると思えたらそれで十分なのかもしれません。むしろだからこそ、「好き」は独立して、潔く美しいのかもしれない。

 ZUCCA×ZUCA。
 愛が、孤独と裏表のものだと描かれることはなく、だからこそ愛に結末や、関係性を求めてくることのない作品です。宝塚ファンの日常を描くおだやかなショート作品なのに、こんなにシンプルにロマンティックな愛はない、と思わされます。日常の中にあり続ける愛を、日常のざわめきをそのままにして描くこと、それが何より愛情の高潔さを信じているって感じるのです。宝塚を私はこの作品をきっかけに知り、そうしてより一層そう思うようになりました。愛情は全て自立している。だから、私の人生にはこれからずっとこの愛情があり続ける。奪われることのないもの、永遠に豊かになり続けるきっかけをもらいました。そんな出会いを当たり前のことのように、日常の断片として授けてくれた作品です。

・ZUCCA×ZUCA ヅッカヅカ(はるな檸檬・著)講談社コミックプラス


最果タヒ
さいはてたひ。 詩人。
はじめて買ってもらった漫画は『らんま1/2』。
初めて自分で買った漫画は『トーマの心臓』。

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