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第十四回:無作為というわけでもない
片岡義男『ドーナツを聴く』
Text & Photo:Yoshio Kataoka
ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。片岡義男が買って、撮って、考えた「ドーナツ盤(=7インチ・シングル)」との付き合いかた
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一九六〇年から一九六一年にかけてのシングル盤レコードが十枚ある。年代順になって段ボール箱のなかにある。そこから持ってきた。一九六〇年はいまから六十年以上前だ。僕はすでにいたけれど、その頃がどんな日本だったかについて、確かな感触はなにもない。ごく簡単な歴史年表を見ると、国民所得倍増計画というものを日本政府が決定した年が、一九六〇年だとわかる。僕はある私立大学で学生をやっていた。一九六三年には仕事をとおして所得を得ていた。一九六三年からの五年間で所得は倍どころではなく、五倍にはなったのではないか。しかも完全就職の時代だった。俺もどこかに勤めて人なみに暮らそう、という気持ちになれば、どこかの会社に社員として勤めることが出来た。
そんな時代のシングル盤だ。中古レコード店へかよっては、そこで購入したものだ。買うにあたっては選んでいる。選ぶにあたって最初に採用される基準は、自分がこの歌手ないしは歌を、知っているかどうかだ。僕ですら知っている歌手を選んでいくと、たとえばいまここにある十枚は、同時のヒット歌曲集のようになる。店にいまあるシングル盤を全部、というような買いかたはしていない。思いのほか慎重に選んでいる。
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そのように選ばれた十枚をいま見ていくと、売れそうであればなんでもよかったのだな、ということをまず感じる。実際にある程度以上の枚数を、どのシングル盤も売り上げたはずだ。不特定多数の購買者層のなかに、レコードごとに、中心となる購買者層は想定されていたのだろうか。『ダンチョネ節』を買う人は、『王将』をも喜んで購入する、というような見通しがあったのだろうか。なかった、と僕は判断する。
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シングル盤を購入する人たち、という層はあった。その層に向けて、売れそうなシングル盤を、次から次へと投入した。数は多い。だからこそ、シングル盤の時代から六十年たったいまも、中古レコードの店へいけば、一枚が三百円というような値段で、買うことが出来るのだ。
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買うときすでに、遠い過去のものを、求めている。新品の商品としてはもはやとっくに終わったものを、たとえば僕のような酔狂な人が、ある日のことそこにあらわれ、これは買う、しかしこれは買わない、などと選んでいる。
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シングル盤レコードはひとりでは作れない。何人もの人たちがよってたかって知恵を出し、その知恵がひとつにまとまったとき、そのレコードは思いがけない力を発揮する。不特定多数の人たちに売れる、という力だ。その力は新品のときから六十年が経過していても、まだ残っている。その力を、中古レコード店の店頭で、僕は感じる。感じたら反応する。これは買おう、という反応だ。この反応がしたいから、僕は中古レコードの店へいくのだ。ここにある十枚のうち、クレイジー・キャッツのレコードからが、一九六一年だ。
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かたおか・よしお。作家、写真家。
1960年代より活躍。
『スローなブギにしてくれ』『ぼくはプレスリーが大好き』『ロンサム・カウボーイ』『日本語の外へ』など著作多数。近著に短編小説集『これでいくほかないのよ』(亜紀書房)がある。 https://kataokayoshio.com
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