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第二十二回:撮り下ろし写真のブルーズ

川崎大助『スタイルなのかカウンシル』
Text & Photo : Daisuke Kawasaki

ビームスが発行する文芸カルチャー誌 IN THE CITY で好評だった連載が復活。「音楽誌には絶対に載らない」音楽の話、その周辺の話など


「あたし、ケート。ハリウッドで売れっこのシナリオライター。」と、オレンジの地色の帯の最上段にあった。『キャンディはだめよ!』と題された翻訳小説の話だ。同書のカヴァーを写真に撮って、上に2点掲載している。この一冊は、1977年に創刊されたPLAYBOY BOOKS、つまり集英社の月刊『PLAYBOY』の書籍レーベル第5弾として、同年12月に発売されたもの。ご想像どおりの、ライト・タッチの官能小説と呼ぶべきセクシャルな内容で、時代を反映して、女性の一人称だった。著者は女性で、翻訳者も女性だ。

古書として手に入れたこの一冊が、デザイン・オブジェクトとして、なかなかに興味深い。

著者であるゲール・グリーンの名は、料理評論家として最も有名だ。1957年にエルヴィス・プレスリーと「性的接触をした」と回想録に記したこともある彼女は「セックスと食べ物はつねに深く絡み合ってきた」というのが持論であり、だから最初に書いたこの小説は、女性主人公による性的空想と冒険に満ちた内容であり、アメリカでヒットした――という一冊の日本語版を製作するにあたって「表紙をどうするのか」という問題は、きっと大きかっただろうことは、想像に難くない。その回答として「撮り下ろし写真で」小説世界を象徴してみることが、ここで試みられたというわけだ。

外国人女性なのだろうか。しっかりとした腰回りの人物が、太腿も露わに、ハイヒールを履き、ワイン・グラスを手に、よく光る(シルク?)青黒いシーツの上に身を横たえている――というこの写真を撮ったのは、なんと鋤田正義さんだ。つまり、デヴィッド・ボウイ『ヒーローズ』のジャケット写真となるあの歴史的1枚を、原宿のスタジオで撮影していた当時の鋤田さんが、おそらくはその前後に撮っていただろうショットがこれなのだから、驚きだ。さらに驚くのが、現在の日本を代表するアーティストのひとりである田名網敬一さんが、ADとブック・デザインを担当されていることだ。


扉ページの見開きより。田名網さんは同シリーズのブック・デザインをいくつも手がけていた。

凝った仕掛けがいろいろある本書のなかで、見どころのひとつが、裏表紙の折り返し――雑誌で言えば表3の部分――からずっと流れてくる、エロティックなモノローグだ。画像では読みにくいと思うので、ここに書き出してみよう。
「タクシーの中でむさぼるようにキスしてくる。/スウェーターの下の乳首をかすめとる。/じわりじわりと攻めよられるたびに、/あたしの鼓動はいよいよ高まって行く。/いいの、それがいいの、たまらなくなるの。」
「叫ぶうちに、あたしは分からなくなる。これが/彼のファンタジーなのか、それとも、あたしの/ファンタジーなのか。/あたしは、ホットになって行く。燃えあがってくる。/苦しい、苦しいのに、なぜ、よくなって/くるのだろう。もう、もう」
「頭のなかから火がとび出して、/そっちで、ぱっと燃えあがるみたい。/気どって言うと、失神まで、/絶叫の薄い一皮を残すあの輝くばかりの/狂気の感覚――どう?」

77年の田名網さん、鋤田さんコンビから「どう?」と問いかけられているかのような、あまりに贅沢なこの一冊のカヴァー・デザインに僕は、どこか見覚えがあることに気づいた。それが下の写真だ。ご存じ片岡義男さんの、代表作のひとつだ。


表紙左下の一文も、伝説となった。角川書店刊。

この『彼のオートバイ、彼女の島』も、表紙写真は撮り下ろされている。撮影者は大谷勲さんで、装丁は石岡瑛子さん。こちらの初版が77年の8月だったから、『キャンディ~』よりすこしだけ早い。くっきりした太ゴシックのタイトルまわりの四角い線囲み、見返し部分にまで写真を配置、扉ページまで遊びつくす……といった点など、これら2冊のデザインには共通項が多い。しかしこれを僕は、模倣とはとらない。「時代の気分」の反映だったのではないか。まだ探しつくせてはいないのだが、これらのデザインすべてに大きな影響を与えたソースがどこかにあったのではないか、と僕は考えている。ちょうどポップ音楽における「流行」のように。ソウルや、ファンクや、ディスコやパンクが一気に普及しては、そのときどきの時代のムードを塗り替えていったときのように。

ポケミス版が先にあって、ハヤカワ・ミステリ文庫になった。どちらも翻訳者は小鷹信光さんだ。

そんなソースのひとつとなったのは、こうした一冊だったのかもしれない。リチャード・スタークの人気シリーズの第一作である『悪党パーカー/人狩り』の文庫版である本書は、76年4月に発行された。表紙は、撮り下ろしだ。五十嵐瑛治さんが撮影、伊藤明デザイン室が装丁だ。おそらくは日本国内で、だからモデルガンを使って、灰皿には吸い殻など配置して、ニューヨークを舞台とした犯罪小説の世界を想起させる一枚を狙ったのだろう。向こう見ずとも思える、こうした挑戦のなかから「小説のカヴァーを飾る」写真を撮り下ろしていくようなムードがどんどん発展していった様を僕は想像する。

面白いのが、『キャンディはだめよ!』のオリジナル版である "Blue Skies, No Candy" が発売された直後の、1976年10月10日付のニューヨーク・タイムズの紙面に、なんとドナルド・E・ウェストレイクが、ちょっと辛辣な書評を寄せていたことだ。つまり上述の「リチャード・スターク」名義でパーカー・シリーズも書いていた人気作家である彼が、本名での執筆記事において、グリーンの同書について記していたことを、今日僕は初めて、資料をまとめていて知った。

ウェストレイクは、こんなふうに書いている。
「"Blue Skies, No Candy" は、アートからの影響がないファンタジーです」
「今年の流行に倣って、気安すぎる馴れ馴れしさのもとで、何千人もの実在の人物が次々に言及されていきます。悪趣味とグロテスクさを分つ細い線があるのですが、ミス・グリーンはそれを超えてしまっているのです」

彼にとっては、どうやらかなり気に障る内容だった『キャンディ~』の邦訳版が、デザインという共通項から――あるいはポップ音楽のような「時代の気分の反映」の一環として――日本という極東の島国においては、こうして並べてみたくなる属性を得たという流れの全体を、楽しみながら僕は観察している。


並べてみると、まるで三きょうだいみたいだ。



川崎大助
かわさき・だいすけ。作家。その前は雑誌『米国音楽』編集長ほか。
近著は『日本のロック名曲ベスト100』『僕と魚のブルーズ 評伝フィッシュマンズ』。
ほか長篇小説『東京フールズゴールド』『教養としてのロック名盤ベスト100』、翻訳書に『フレディ・マーキュリー  写真のなかの人生』など。
Yahoo!ニュース個人オーサー。


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