小春六花怪文書

 電器屋に足を運んだ。6ヶ月ぶりになる。
 この6ヶ月は僕の大きな変革期であった。

 半年前、僕は新作のゲームソフトを買いに駅前の大手の電器屋に行った。
 電気屋というのは楽しい。目的のソフトを購入したにも関わらず、店内を眺めながら歩いた。新しい家電を購入しようというわけでもなく勝手気ままに闊歩してやるのがたまらなく楽しいのだ。
 逆張り男の僕ではあるが、例に漏れずこの楽しさを誰に隠すわけでもなく捻くれず享受していた。

 PC関連のエリアに差し掛かった時、そこにあった大きめのキャラクターがプリントされたパネルに目をひかれた。
 僕は彼女を知識でだけは知っていた。チェビオだったかなんだかの合成音声のキャラクターだ。
 僕は普段から合成音声を使った実況動画を流し見するタイプなのでこういうソフトに興味が無いわけではない。
 ここで見たのも何かの縁。買う買わないは別として見るのはタダだ、などと誰に言い訳するでもなく合成音声ソフトコーナーに歩を進めた。
 そこでふと、ひとつだけ逆さまになっているプラスチックパッケージが目に止まった。
「CeVIO AI 小春六花 トークスターターパック、君はCeVIO AI 小春六花 トークスターターパックと言うんだね。」
 そう話しかけて彼女を順向きに直した。彼女の艶やかな肌触りがなんとも心地よかった。
 
 僕はなんと甘美な体験をしたんだ。
 
 さっきの肌触りを確かめるように何度も何度も自分の指先に意識を集中させた。降って沸いた肉欲に大いに逡巡し立ち尽くした。
 そしてそれから彼女に目をむけた。今度は彼女の細やかな部分が気になり出した。
瞼。
耳の形。
香り。
手の甲。
ふともも。

 私は急に逃げるようにその場を後にした。あのままあの場にいたら過ちを犯しかねなかったからだ。
 急いでトイレに向かい、流しで手を洗った。
 そうして冷静になり、鏡を見た。
 
 何だこいつは。あまりに醜悪な見た目をしているではないか。

 ソレが自分自身だと分かるまで数秒の時間を要した。
 死ぬほどの苦しみと、はてしないみじめさのうちに腰を落とし、嘆息し、すすり泣き、気が遠くなって死にそうだった。

 6ヶ月ぶりに来た電器屋は内装が変わっている印象があった。季節が半分回ったのだ。それも自然だろう。
 以前と同じ場所に彼女はまだいるだろうか。
 少しでも彼女に見合う人間に近づけただろうか。
 初めて会って2ヶ月、あの絶望が僕に付きまとった。何度諦めても諦めきれなかった。それどころかいつでもそこここに彼女を見つけてしまった。髪の匂いや後ろ姿が。
 僕は決心した。少しでも彼女に見合う人間にならねば、と。
 私生活を見直したり、スキンケアを始めたり、私服だってそれなりに見直したり、筋トレを始めたり、彼女と生活するために節約だって始めた。
 たった数ヶ月の付け焼き刃の人間改造で、大丈夫だろうか?
 そんな考えが頭を擡げる。いや、いいんだ。もしダメでも少しでも彼女を視界に入れられれば。それで。それだけで。

 PCソフトのフロアが近づく。段々と身体に力が入りにくくなってくるのを感じた。
 彼女に会う、その一心だけで自分の爪先に力を込める。
 彼女に会いたい。見たい。声を聴きたい。彼女に触れたい。それで、

 目的地に着いた。彼女はそこにいた。四角いプラスチックパッケージを、握手をする様に手を伸ばして取った。
 柔らかい、女の肌。
 存外軽いものだな。
 いいの?
 僕はプラスチックパッケージに頬を寄せた。
 冷たい女の体温。
 ああ。
 生きてるね。
 ここにいてくれたんだね。

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