Call Sign:ABYSSAL-EYES【4】

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 【注意】以降の展開には、暴力的な描写を含む場合があります。

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 突然の狙撃に、室内は混乱に陥っていた。
 吹き込む霧の湿り気が、弾け飛んだ血肉の生臭さを伴って室内に満ちてゆく。
「ひい、ひい、ひいぃ――!」
「うぅ……くそ、何が……」
 幾重にも重なる叫び声と呻き声、そして少尉だけが漏らす笑声が絡み合う狂乱にいち早く対応したのは、室内の誰でもなく、外に控えていた警衛兵だった。
 扉を引き開け、拳銃を抜いて室内に踊り込む一人の警衛兵。
 しかし、中央に設けられた扉から部屋に入るということは、破られた防弾窓から直線上に侵入してしまうことを意味する。
 当然の如く放たれた第二射が、防弾窓の大穴を拡げながら、何事かを叫ばんとしていた警衛兵の身体をあっけなく引き裂いた。
 扉に叩きつけられたその体は上下二つに裂けて、臓腑と大量の血液を流しながら、死の痙攣を繰り返している。
 その躯に引っ掛かった扉は衝撃でヒンジが壊れたのか、半開きのまま外側に傾斜していた。
 状況を察知したもう一人の警衛兵が、身体を部屋の外の壁に預けたまま、室内に向けて大声で呼び掛ける。
「何処から攻撃されている! 被害状況は!」
 入口に近い位置から一等兵は瞬時に視線を巡らせ、室内の状況を確認する。
 目の前、引き倒した形になった少尉は変わらず笑顔を崩していない。
 少尉の体を強引に壁側に引き寄せながら、一等兵は室外に向けて報告を飛ばす。
「――が、外部から狙撃されています! 被害状況は、国防参事官が直撃を受け……恐らく死亡! 他数名が破片を受けて負傷!」
「外部からだと? 機銃弾にも耐える、第一級の防弾構造の部屋だぞ!?」
 驚愕の声を漏らしながらも、警衛兵は無線通信装置を起動させ、非常通報の手順を取る。
「事実、窓に大穴が空いています! 外部から何らかの投射手段で撃ち抜かれているのは間違いありません!」
 一等兵が警衛兵に状況を伝えるうちに、第三射が襲う。
 最早用を為さなくなった、防弾窓だった空間から斜めに入射した弾丸は、扉の金属製の枠を削ると、そこに控えていた警衛兵の左腕を浅く裂いて、廊下を挟んだ壁にぶち当たる。
「ぐあっ……クソが! 分かった、外部から大口径銃で狙撃されているのは身を持って分かったよ、畜生! いま非常通報を掛けてる! 射線に入らんように注意しろ!」
 腕からどくりと血を流しながら、警衛兵は這うように扉のあった空間から逃れる。
 第四射。
 今度は窓のあった空間ではなく、正面左側の外壁に当たったらしく、内側に飛び散ったコンクリート片をまともに受けて、『海』の男性二人が呻き声をあげて倒れ込む。
 外壁に組み込まれた格子状の鉄筋に、撃ち込まれた弾丸らしき破片が引っ掛かっている。
 どうやら外壁そのものを一撃で貫通するには威力が足りないらしい。
「な、なにが、何が起きているのだ? わ、我輩が、この我輩が陸の上で死ぬというのか……?」
 情けなく声を上げて、昏倒した同僚と思しき『海』の制服の青年を押し退けるように、恰幅の良い中年男性がずるずると床を這う。
 脇腹の傷口を押さえながら、喘鳴と共に空白に問いを向ける『海』の軍人に、少尉は不遜な語調で言い放つ。
「……『海』の男が情けないね、“海狼”の上級大佐どの……強襲に長けている分、突然攻撃を受ける側には不慣れですかな……? 兎に角、我々は現に狙撃を受けていて、なおかつ――」
 舌で唇を濡らしつつ、少尉は言葉を繋ぐ。
言い募る言葉を引き裂くように、霧の向こうから第五射が襲来する。
 壁に空いた穴を拡げるように着弾した弾丸は、剥き出しになった鉄筋の幾本かを引き千切り、再びコンクリート片を撒き散らした。
 更に破片を受けた上級大佐が痛切に呻くのをまるで無視して、少尉は推論を続ける。
「――こうして攻撃が続行されているところを見ると……“敵”の狙いは国防参事官閤下だけではなく――」
 誰しもが息を呑み、生じた音の空白に向けて、少尉はなんということもなく言ってのける。
「――このボク、“濁眼の魔女”も標的にしているのかな……?」
「ひっ――!」
 巻き添えは堪ったものではないとばかりに悲鳴を上げて、上級大佐は身を低くしたまま部屋の右側へと逃れてゆく。
 そこに襲い来る弾丸は無く、室内には奇妙な空隙が生まれる。
 濃霧の色に、砕け散ったコンクリートの粉塵が混じるくすんだ情景の中、一等兵は焦燥の表情を浮かべて少尉に疑問を投げかける
「どういうことでありますか、少尉どの。なぜ、なぜご自身が標的になっているとお考えですか?」
 問いながら、一等兵は少尉の細い体を部屋の入り口側の壁に押しやった。
 満更でもないような、落ち着き払った邪笑を浮かべたまま、少尉はついと袖先を窓のあった空間に向ける。
「……まあ、よく見たまえよ……一発目は部屋のほぼ中央、国防参事官閤下とボクが直線上に並んだ位置を通過したんだ……ボクが新兵くんに引かれて左に逃れた直後、二発目が一発目の左下、三発目がさらに左――」
 そして、と間投詞を置いて、舌で唇を艶めかしく濡らしてから、少尉は長回しの台詞を続ける。
「……四発目と五発目は、ボクが今いる位置を探るように撃ち込まれている。今しがた部屋を横切った上級大佐どのや、そこで倒れている……あれは“探深儀”の准尉どのかな? まあ兎も角、他の面々に追撃をするでもなく――」
 台詞の終わりを待つこともなく放たれた第六射が、今度も部屋の左側、罅の入った壁面を穿った。
 弾芯の一部が抜けてきたのか、左側の会議机に弾痕が刻まれ、苦鳴のように軋みを上げる。
 散り降るコンクリート片と、遅れてくる超音速の衝撃音にも臆することなく、少尉は結論を述べる。
「……こうして、こちら側を狙い撃ってくるわけだ……であれば、敵の狙いはこのボクだと思われるね」
「し、しかし、それでは、どうすれば……」
 一等兵は思考を回転させるが、上手く纏まらない。
 大口径弾の連続射撃で、防弾構造のはずの壁面は徐々に崩壊しつつある。
 部屋から脱出しようにも、扉は部屋の中央に位置しており、射線にまともに入り込むことになる。
「警衛兵! 脱出経路の確保は可能ですか!?」
 一等兵は外に控えている警衛兵に大声で呼び掛けた。
「隣室から突破口を作ればそこから脱出できる! だが室内の人間に被害を及ぼすような爆破器材が使えない以上、機械工作具で穴を空けるしかない!」
 即座に応じる警衛兵の言葉はしかし、現実的な解決策とは言えない。
「そ、それでは間に合いません! 襲撃者の使っている弾丸の威力は予想以上です!」
「さっき当てられたから分かっている! クソ痛ぇよ、跳弾のクセにごっそり持っていきやがって……その威力に対応できるような防護盾も恐らく無い! 装甲車のハッチでも引き剥がして持ってくるしかないが、何百キロもある装甲板を手早く持ち込む手段も無いぞ!」
 絶望的な状況に目眩を覚えながらも、一等兵は思考を止めない。
『頼んだぞ』
 基地司令の言葉を思い出しながら、危地から少尉を無事に脱出させる手段を模索する。
 そんな一等兵の真剣な表情を、少尉は愉悦そうに眺めながら呟く。
「……万事、休すだねぇ。やはり引き籠りが外に出ると――」
 言い切るのも待たずに、七発目の弾丸が再び壁を撃ち破る。
 都合四発の弾丸を受けた左側の壁はコンクリート部がほとんど剥落し、よじれた鉄筋にその欠片が引っ掛かっているような状態だった。
「――ロクなことにならない、ものだ、ね……?」
 語尾に混じった濁りに一等兵が困惑していると、少尉は一等兵の顔に手を伸ばした。
 その手と袖先に、べっとりと赤色が付着する。
 一等兵が少尉の手に重ねるように自らの側頭部に手を当てると、鋭い痛みと共に、血が流れ落ちるのを感じた。
「も、問題ありません。今のところは……今の破片が掠めただけでしょう。それより、」
「それより、じゃあないんだよ新兵くん……ボクは、このボクがこの世で一番忌み嫌うことはね、新兵くん」
 深い隈に縁取られた、濁りを一層増した眼が凶悪に細められる。
 自ら噛み切ったのか、引き結んだ唇の端から、つうっと血の筋が流れる。
 白く煙る空気を塗り潰すように、瞋恚の黒が瀰漫する。
「ボクの、ボクがそう定めた『所有物』を傷付けられることさ」
 魔女の勘気が、爆裂する。
 一等兵が制止する間もなく、少尉は立ち上がり、美しく長い脚で堂々と歩を進める。
 未だ乾かぬ血潮を踏みしだき、手前側の会議机を乱雑に蹴倒すと、部屋の中央で直立不動の姿勢を取った。
 そうして袖を軽く払って生白く、血に濡れた右手を露出させると、破壊された窓、その先にある霧の向こうに、指を差す。
「――殺す」
 明瞭に、玲瓏に、魔女は死の宣告を、下した。
 
 -続-

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