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#弓道009 宇野 要三郎

「弓道教本」第一巻には、射法選定委員として五先生の顔写真がある。
しかし、流派の個性を一切伏せている第一巻では、それら先生方の弓歴の情報すらないため一人ずつ紹介をする。

宇野 要三郎(うの ようざぶろう) 1878年-1969年

明治十一年生、青森県南津軽郡六郷村出身。竹隠と号す。昭和四十四年三月歿、享年九十二。
京都帝国大学在学中はテニス・ボート・馬術等のスポーツマンとして活躍されたが、明治三十八年より大正三年まで判事として神戸裁判所に奉職中弓道に志し、紀州竹林派の岡内木範士に師事し、最も熱心に修業され、大正三年同師より同派正派の印可を受け、同四年大日本武徳会より精錬証を授与された。その後大津・浦和・東京・横浜等の地方裁判所判事を歴任され、昭和四年東京地方裁判所長時代に弓道教士を、昭和十五年同範士を授与された。昭和十六年大審院部長を最後に官界を辞し、武徳会常務理事及び理事長として弓道部長を兼ね、終戦後全日本弓道連盟会長に就任。その後公安審議委員長の要職につかれた。現在財団法人全日本弓道連盟会長・理事・審議会委員、弓道範士・十段である。

全日本弓道連盟の初代会長である。

※主に「弓道教本」第二巻 五先生の弓歴 より引用


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