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あこがれのナカミチとの悲しい再会

最も音楽が生活に溶け込んでいた学生時代、ブロードバンドという言葉をあちこちで耳にする程度にインターネットはまだ当たり前ではなく、またAmazonでポチるという行為も今ほどカジュアルではなかった。そんな時代、音楽はレコードショップだとかCDショップと呼ばれていた店で、CDとして購入していた。

地元や学校の最寄りの駅にも、あたりまえにCDショップはあったが、タワレコHMVディスクユニオンなどの大きなレコードショップのある町に頻繁に足を運んでいた。その行為は、手間ではなく、むしろ目的の一部でさえあった。新品にせよ中古にせよ、CDは店舗で視聴することが出来て、CDのジャケットを眺めながら専用の視聴機を使って視聴することはごく当たり前の行為だった。そこで目にするのがナカミチである。多くのレコードショップが、ナカミチの視聴機を採用していた。ナカミチで聴く音楽は、エグいほどにかっこよかった。この視聴機のせいで、勘違いをして購入してしまったCDも少なくない。

学生だった私は、ナカミチのことを調べることで、オーディオ界隈が底のない沼地であり、うかつに手を出せる領域ではないことを知った。また、ナカミチがアメリカではBOSEB&Oにも引けを取らないほどの人気ブランドであり、レクサスブガッティのカーオーディオに採用されるほどのメーカーであることも知った。世間ではSONYBOSEが流行っていたが、私にとってはナカミチこそが最高にクールな憧れのオーディオメーカーだった。

そしてこのナカミチの視聴機は、確か当時10万円程度で個人でも購入することが可能で、学生の私にとってはそれでも十分に高額ではあるものの、オーディオ環境を一式そろえることと比較をすれば、このヘッドフォンアンプという選択肢はとても現実的に思えた。そして、この視聴機の中古品が頻繁にヤフオクに出品されており、家庭で利用するにはちょっとした回路の改造が必要になるものの、あのタワレコHMVナカミチサウンドを、うまくいけば3万円程度で手に入れることも可能だった。HMVのシールが張ったままの中古品を自分で改造して手に入れるナカミチサウンドは、むしろエモくて最高に魅力的に感じた。

でも、結局私はナカミチを購入することはなかった。ヤフオクのウォッチリストにはいくつものナカミチが登録されていたけど、私が使えるお金は限られていて、使い道は無限にあった。ipodで音楽を聴き、家にはあまり帰らない生活を送っていた私のナカミチへの興味は、だんだんと遠のいた。

それから四半世紀が経過した。

Spotifyを利用するのに、片側を紛失してしまったPixel Budsの代わりになる手軽な値段のイヤホンをAmazonで探しているときに、私はナカミチに再会した。

でも、タイムセールとはいえ4,000円はあり得ない。ウィキペディアやレビューの情報を元に調べると、ナカミチは経営の悪化により海外メーカーの傘下に入るも親会社が破産し、2002年には民事再生法の適用を申請して倒産していた。SANSUIオンキヨーだって無くなるんだから無理もない。では、今タイムセールをしているこのナカミチは何なのだ?

私は、そのナカミチの幻影をポチった。専門店で10万円のナカミチイヤホンを手に取る未来もあったのかもしれないが、Amazonの箱で置配をされた4,000円のナカミチサウンドは、悲しくも今、私の耳によく馴染んでいる。

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