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JKT48の楽曲の歌詞における「Arah」と「Balasan」を再検討―歌詞の翻訳への提案―

インドネシアのジャカルタを活動の起点とするアイドルグループであるJKT48は姉妹グループのAKB48等の楽曲を借用し、JKT48の楽曲としてリリースするのが一般的である。楽曲の日本語歌詞は当然のようにインドネシア語に翻訳されているが、インドネシア人であるリスナーにとって“共感できる“歌詞いわゆる文化的にドメスティック的なアプローチという翻訳方法で作成された歌詞もあり、疑問になる歌詞いわゆる文化的に非ドメスティック的なアプローチという翻訳方法で作成された歌詞もある。楽曲の翻訳において、作品の著作権という要因もあるため、インドネシア人の”馴染みのある“歌詞を翻訳の自由性が限られている。この実態は今年の10月31日に音楽配信アプリで公開された「Sambil Menggandeng Erat Tangan Ku(手をつなぎながら)」公演のセットリストの楽曲の一つである「Arah Sang Cinta dan Balasannya」にもみられる。この楽曲は”耳に馴染みのある“歌詞が印象的で、JKT48の多くファンに好評化された。しかし、多くのJKT48の楽曲にもみられるように、”疑問を持たす”歌詞がこの楽曲にみられ、「インドネシアらしさ」を表すことばが歌詞として選択されない。そこで、ここで筆者は歌詞の翻訳において「Arah Sang Cinta dan Balasannya」のプラス点とマイナス点を触れつつ、よりドメスティック的にアプローチされたインドネシア語の歌詞を提案する。


楽曲と歌詞翻訳の概観

「Arah Sang Cinta dan Balasannya」は愛知県の名古屋市が活動の起点とするSKE48の「恋の傾向と対策」という楽曲に基づき、インドネシア語に翻訳された楽曲である。「Arah Sang Cinta dan Balasannya」は「学校と試験」をテーマにし、勉強好きな男という思いもよらず人に恋に落ちる女の物語を描いている楽曲である。この楽曲のタイトルはインドネシア語に直訳すると、kecenderungan (傾向)dan(と)penanggulangan(対策)cinta(恋)になる。ここでタイトルの翻訳において、JKT48の楽曲のプロデューサーが直訳という方法が使用されなということが伺えた。JKT48の楽曲の歌詞の翻訳においてことばの意味を正確に変換することのみならず、ことばの音節数が必ず日本語のことばのモーラ数と同じということも原則である。モーラと音節の差を把握するために、以下言葉を例としてモーラと音節の差を説明してた。

学校 → gak/kou (2音節) に対して、ga/k/ko/u(4モーラ)

音楽配信サービスで聴きたい方はこちらのリンクから飛べます:

https://open.spotify.com/album/2qNMxEpVKiQL9jvIh9vQ3N (Sambil Menggandeng Erat Tangan Ku 劇場公演のセットリスト)

https://open.spotify.com/track/3ru42XalRdAtwa6oMeBXfG (Arah Sang Cinta dan Balasannya)


コンテクストと歌詞

歌詞の翻訳はことばの意味の正確さも重要だが、コンテストいわゆる楽曲のテーマという“領域“から食み出てはならない。しかし、「Arah Sang Cinta dan Balasannya」はタイトルという早い段階からコンテクスト外れがみられる。先に述べたように、この楽曲のテーマは「学校と試験」でありながら、「方位、方角、目標、意図等」を意味るする「Arah」と「返事、返答、報酬、仕返し等」を意味する「Balasan」を「傾向」と「対策」のインドネシア語の訳として選択された。「学校と試験」というテーマから言えば、「傾向」は「試験の出題傾向」のことを指し、「対策」は「試験の状況に応じてとる策略・手法」のことを指している。多くの48 グループ(AKB48を含め、他の姉妹グループ全体)の楽曲は比喩的なことばが歌詞として選択されるというのが特徴的であり、「恋の傾向と対策」でいう「傾向」は「主人公の好きな人の気持ちが如何に傾いているか」のことを指し、「対策」は「主人公の恋が実る(両想いになる)ように策略として如何にするか」のことを指している。一方、「Arah」と「Balasan」は「試験」という特定なコンテクストに入っていない。大まかにみれば、「Arah」は「相手の気持ちの方向性」という意味で捉えることはできるが、やはり「傾向」に比して、「Arah」の捉え方が余程広いである。また、「Balasan」も「手法」または「策略」という意味で捉えることができないのであろう。その上、「Arah」と「Balasan」はサビでも出現し、出現率の高い歌詞といえる。楽曲において重要な部分であるタイトルとサビがコンテクストに沿って翻訳されなかったことは「Arah Sang Cinta dan Balasannya」の”残念“の点である。そのほか、コンテクスト外れの歌詞も他の行にもみられる。例えば次の行である。
JKT48バージョン:Level cinta ku terlalu tinggi jadi terkejut
SKE48バージョン:恋の偏差値高すぎて、びっくり

コンテクストから外れると考えられるものは「偏差値」のインドネシア語訳としての「Level」である。偏差値という言葉は大学等の入学の際に、頻繁に耳にすることばである。偏差値とは受験した集団において自分がどのぐらいの位置にいるかを表す数値である。一方、この楽曲で扱う「偏差値」は「恋人になることができるように、満たさないといけない条件」のことである。「Arah」と同様に、「Level」は「偏差値」に比して、捉え方が広いである。


音節数の問題とドメスティックなアプローチ

上に述べたように、歌詞の翻訳において音節数が大事な要素であり、ことばの音節数がモーラ数と同じであればであるほど、曲のリズムに合わせやすいである。また、ドメスティックなアプローチは(インドネシア)文化的な要素を中心に言葉を選択するという翻訳方法であり、リスナーにより親密に捉えられるという目的でされている。このことばの音節数の調整はなかなか難しく、ことばによって簡単に調整できるときもあるし、調整には工夫が必要とするときもある。しかし、一般的に音節数の調整は個々言葉のモーラ数ではなく、行(Baris lagu)の合計のモーラ数に基づいて行われている。例えば、次の歌詞は行の合計のモーラ数に基づいて調整されたものである。
JKT48バージョン:Ku bertemu seseorang di les itu
ku/ber/te/mu/se/se/o/rang/di/les/i/tu(12音節)
SKE48バージョン:塾で会ったその人は
Ju/ku/de/de/a/t/ta/so/no/hi/to/wa(12モーラ)

もし、個々のことばのモーラ数に基づいて、インドネシアの音節数を調整するとしたら、2モーラの「塾」を意味する1音節の「les」の代わりに、2音節の「bimbel」が選択されると考えられるが、行の合計の音節数は13音節になり、曲にリズムに合わせにくいである。この行で、「les」ということばは音声的に、適切であり、構成上で適切である。なぜかというと、日本語の文の構成においてしばしばみられる「主語(動作主)をなくす」という現象は上の歌詞にもみられるからである。一方、インドネシア語の文の構成において動作主をなくすという現象がなく、動作主を明示する。それ故に、2音節であるはずだったことばは1音節を削られ、動作主を表す「Ku」ということばで1音節が使用されている。また、「les」も「bimbel」も文化的な要素も含まれ、両者における文化的な差がそろほどない。つまり、この行の歌詞は音節数という面とドメスティックなアプローチという面を上手く提供されている。しかし、上手く提供されていない歌詞もある。例えば、次の歌詞である。
JKT48バージョン:Level cinta ku terlalu tinggi jadi terkejut 
Le/vel/cin/ta/ku/ter/la/lu/ting/gi/ja/di/ter/ke/jut(15音節)
SKE48バージョン:恋の偏差値高すぎて、びっくり
Ko/i/no/he/n/sa/chi/ta/ka/su/gi/te/bi/k/ku/ri(16モーラ)

歌詞を見ればすぐ分るよなことは行における合計の音節数と合計のモーラ数の差である。楽曲を実際に聴くと、「cinta」の後に母音の「a」が加わったように聞こえるが、正式な音節としては「ci/n/ta/a」ではなく,「cin/ta」である。つまり、この行は音節数に関して強制的に調整されている。また、上にも述べたように、「level」はこの楽曲のコンテクストにおいて捉え方が広く、ドメスティックなアプローチが行われていない。むしろ、「外来語」的なことばでが選択された。この行の歌詞は音節数の調整が自然にされていない原因は個々のことばのモーラ数に近い個々の言葉における音節数を探る試みがなかったと考えられる。つまり、4モーラ(he/n/sa/chi)の「偏差値」は2音節(le/vel)の「level」に置き換えたため、満たさないといけない音節数(4音節)は半分(2音節)しか満たされなかった。他楽曲ではあまり見られず、個人的にいい意味で印象に残る歌詞がある。具体的に次のようである。
JKT48バージョン: Tidak mungkin lewat jalur PMDK
Ti/dak/mung/kin/le/wat/ja/lur/p/m/d/k (12音節)
SKE48バージョン:AO入試じゃ狙えないし
A/o/nyu/u/shi/ja/ne/ra/e/na/i/shi (12モーラ)

この行の歌詞は「主人公が相手の恋人になるために、“かしこまる”又は“異常”な方法を使うことができないことに自覚している」ということを描いている。かしこまる又は異常な方法の比喩表現として、「AO入試」が使われている。一方、インドネシア語の歌詞ではJalur Penelusaran Minat dan Kemampuan「関心才能分析入学コース」の略称である「Jalur PMDK」が使われる。この「Jalur PMDK」はインドネシアにおいて一般的な入学コースとして知られており、“馴染みのある”ことばと考えられる。また、この行において、「Jalur PMDK」のということばは「主人公が才能を持たないため、“かしこまる”方法を使うことができないことに気づいた」という意味で捉えてもよいである。その上、強制的な音節の付加はこの行においてなかったため、音節数という面とドメスティックなアプローチという面において歌詞が上手く提供されている。


歌詞翻訳への提案

上にも述べたように、いくつかの行ではドメスティックなアプローチという面と音節数という面を上手く提供されなということが伺えた。そこで、こお両面をカバーできるのではなかいと思われる歌詞を提案してみた。まず、タイトルでもあり、サビにも出現する「Arah Sang Cinta dan Balasannya」への提案をしてみた。楽曲の全体的なコンテクスト、個々の言葉の音節数、行の合計の音節数を踏まえ、ドメスティックなアプローチを行った結果、提案としての歌詞は以下の通りである。


Kisi-kisi Cinta dan Kiat-kiatnya

インドネシアの学校ので“Kisi-kisi”という言葉が馴染みのある言葉であり、特に試験前という時期で教師側は試験の問題の作成にあたって、科目のシラバスに基づいたガイドラインであるKisi-kisiを作成する。そして、学生たちは「出題傾向」を把握するために、教師へ“kis-kisi“を教えるように求めたりするということが頻繁にみられる。重複語である”Kiat-kiat”は秘訣という意味であり、「対策」のように、模擬試験の本の表紙にもしばしばみられる言葉である。つまり、”Kiat-kiat”は試験に向けて、成功するための複数の方法として捉えてもよいである。また、個々の言葉の音節数は個々のことばのモーラ数と一致しており、サビの合計モーラ数と一致している。以下音節数は一致していることを検証した。


個々のモーラ数
傾向:4モーラ(け・い・こ・う) 対策:4モーラ(た・い・さ・く)
個々の音節数
Kisi-kisi: 4音節(/ki / si / ki / si/)kiat-kiat:4音節(/ki / at / ki / at/ )
サビの合計のモーラ数
恋の傾向と対策教えて:16モーラ (こ・い・の・け・い・こ・う・と・た・い・さ・く・お・し・え・て)
サビの合計の音節数
Ajarkanlah kisi-kisi cinta dan kiat-kiatnya:16音節 (/A/jar/kan/lah/ki/si/ki/si/cin/ta/dan/ki/at/ki/at/nya/)


提案としてのサビの歌詞は語順的にJKT48のサビの歌詞と異なり、インドネシア語の文における語順を利用して、作成されたものである。また、尊称である“sang”は提案されたサビの歌詞になかったが、コンテクスト外れの歌詞にはならないと考えられる。
最後に、以上の手順と同様に次のサビに出現する歌詞を翻訳した結果、以下の通りである。


サビの合計のモーラ数
恋の偏差値高すぎてびっくり:16モーラ (こ・い・の・へ・ん・さ・ち・た・か・す・ぎ・て・び・っ・く・り)
サビの合計の音節数
KKM cinta ku terlalu tinggi jadi terkejut:16音節 (K/K/M /cin/ta/ku/ter/la/lu/ting/gi/ja/di/ter/ke/jut)


サビではJKT48の”level”の代わりに「最小限基準」を意味する“Kriteria Ketuntasan Minimal” (略:KKM)を提案した。インドネシアの学校の試験という場面で“KKM”という言葉もしばしな耳にし、学生たちは各科目の試験で獲得しなければならない最小限点数を把握するために、KKMを参照したりする。

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