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宮崎敏郎選手2億円、安くないか?

大型契約の裏側を考える

ベイスターズ’エールの本に触れる機会が多い方、在野です。家庭内で『忘却バッテリー』が流行した結果、私が野球を見ていることに対して家族が寛容になりました。あの作品、初心者が野球を理解するためによくできています。すごい。

突然ですが、宮崎敏郎選手の年俸は2億円と聞くと、安いと思うでしょうか、それとも高いと思うでしょうか。宮崎選手の実力とプロ野球選手年俸の相場からすると安いという声の方が多いのではないかと思います。しかし、2億円というのは単年に均した場合の話であり、2021年に結ばれた契約の全体では6年で12億円の大型契約と言われています。今回はその大型契約の裏側にある考え方を推測してみます。結論から言えば球団は年俸負担の平準化を狙っているのではないか、ということになります。もちろんその推測が正しい保証はないのですが、ベイスターズの編成の考え方を理解するために参考になるのではないかと思い、筆を執ってみました。

長期契約のリスク

前提として、30歳を超えた選手との契約には選手の急激な衰えという大きなリスクがあります。DELTA社の分析をもとにすると、野手の最盛期は20代後半となります。そして、野球を長く見ている方なら何人も例が浮かぶと思いますが、30代の選手は急激な能力の衰えを見せることがあります。反例として30代後半を過ぎてもなお活躍したイチローさんや落合博道さん、王貞治さんなどの例はありますが、ごく一部の例外です。むやみに長期契約をしてしまうと、その選手の能力が落ちてしまったあとは、選手の枠を圧迫し、年俸の総額も圧迫する、悪く言えば負債となってしまいますので、チームとしては毎年単年で契約したいというのが本音でしょう。

年俸負担の平準化という戦略

ベイスターズはそのリスクを取ってでも、宮崎選手と6年契約を結びました。宮崎選手が33歳で迎えるシーズンからの契約ですから最終年には38歳となります。この年齢で活躍できる選手は本当に限られますので、球団はなかなか思い切った契約をしたと思います。では、球団は38歳の宮崎選手に2億円の価値があると予測してオファーをしているのでしょうか。おそらく違います。

1年目から6年目まで毎年2億円が支払われることを示した図。金額の合計は12億円。
図1:実際に支払われる金額
1年目は高く、6年目にかけて下がっていく評価額を示した図。金額の合計は12億円
図2:傾斜のついた評価額

イメージを図で示してみました。図1は実際に支払われる金額のイメージです。毎年2億円で合計12億円が支払われます。図2は内部の評価額のイメージです。各年の評価額に根拠は一切ありませんが、合計して12億円になります。このイメージの場合、契約の後半は選手への評価額より高い金額を払う一方、前半では評価額よりも低い金額で選手を確保することができるようになります。
ベイスターズの球団としては、期間中の想定より早い時期に急激に能力が低下するリスク込みでの6年間の支払い意志額の総額が12億円であり、それを均等に割り振った結果見えてくる単年度あたり2億円という契約なのではないかと思います。


限られた予算の中で戦力を最大化する

球団としては契約の前期(2022年〜2023年)に当たる期間、まだ衰えを見せていない宮崎選手と契約をしたいけれど、求められる年俸の高さに困ったことでしょう。この高騰は宮崎選手の交渉力の強さに起因します。もちろん、2021年の宮崎選手は素晴らしい働きを見せましたが、それに加えて、2021年には宮崎選手はFA権を取得したため、他球団への移籍が容易な状況だったことが要因として大きいでしょう。選手側からは、その程度の条件なら他球団に移籍しますよ、という交渉カードを切れる状況です。このような交渉カードのことをBATNA(Best Alternative To Negotiated Agreement/不調時代替案)と言いますが、どれだけ強い代替案を持っているかは交渉を優位に進める上でとても重要な要素です。FA宣言をする前でも大まかな評価は耳にしていたことでしょうし、宮崎選手のBATNAは強く、結果として契約に必要な金額は高騰する状況でした。
ベイスターズの球団としては、来年・再来年と宮崎選手にはチームに貢献してほしい、しかしBATNAに勝てるだけの大金は単年では工面できないという状況だったのではないかと推測します。ここで無理に工面してしまうと他の主力選手や補強に予算を使えずチームとして弱体化してしまいます。
そこで、長期契約として長い期間の(特にその期間に衰えも来ると予想される時期を含む)契約とすることで、2022-2023年頃の負担を後年に持っていき、単年度の負担を平準化することで、他の大型契約、例えばバウアー選手との降って湧いたような契約を結ぶ余地が生まれたのだと思っています。

この長期契約の後期(2026-2027)は戦力に見合う以上の年俸を球団は負担することになります。この時期に積極的に戦力を集中させて優勝を狙いに行くのは予算が限られるベイスターズとしては少し難しいのかもしれません。もちろん、優勝を狙えるかに一番大きな影響を与えるのは主力選手の成長度合いであることは言うまでもありませんが。

期待を上回る活躍。球団はどう応える?

さて、視点を現在に移しましょう。宮崎選手、契約3年目の今年も衰え知らずの打棒です。さすがに守備指標ではマイナスが大きくなってきていますが、打撃はなおリーグ最上位クラスにいます。平均的に見れば既に成績を大きく落としてもおかしくない年齢でキャリアハイ近い活躍を続ける宮崎選手はきわめて例外的な選手と言えそうです。完全に憶測になりますが、2021年の契約時に予測した以上の成績なのではないでしょうか。球団としてはインセンティブを考慮したとしてもお得な契約をできたのではないかと考えます(インセンティブがあるのかは知りませんが、おそらくあるでしょう)。
すると、得をさせていただいた分、いくばくかをお返しするべく、引退後の世話をその分見るべしとなるのではないでしょうか。交渉はwin-winでないと長期的に良好な関係は築けませんからね。ただ、背中で語る職人気質に見える宮崎選手はあまりコーチ向きではないように思えます。そのような選手に球団がどのような処遇をするのか要注目です。
とはいえ、まだ3年以上契約は残っています。だいぶ未来の話ですので、今はただ宮崎選手のプレーを応援しましょう。

平準化を狙っているか分からない長期契約

少しだけベイスターズ以外の話をしますと、最近長期契約を積極的に利用しているのがヤクルトスワローズだと見ています。現在、山田哲人選手(2021-2027)、村上宗隆選手(2023-2025)、オスナ選手、サンタナ選手(いずれも2025-2027)の4人と長期契約を結んでいることが報じられています。特に村上選手は20代前半の時期についての契約であり、宮崎選手のような負担平準化を狙ったものではなさそうです。
この全ての契約期間が2025年には重なる予定となっています。ヤクルトスワローズもまた相対的に年俸総額をあまり膨らませられない球団だと認識していますので、同時にこれだけの規模の長期契約を結ぶと、予算の自由度が失われれる弊害の方が大きいのではないかと考えてしまいます。ただ、他球団については事情もよく分からないのであまり言及しないようにしており、この辺りにしておきます。何が言いたいかというと、同じ長期契約という手段でも背景にある考え方は球団によって違うだろう、ということです。

ここまで見てきたように、長期契約は年俸負担の平準化というメリットが大きい一方、リスクも大きいものです。各球団、特にベイスターズの球団がどんな契約をするのか今後も楽しみです。

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