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パンをかじりながらコーヒーをひとくち、新聞をガサリ。

すべてのものの奥底には真理があるはずです。

奥底までいくのは大変なことです。

その道は険しく、危なく孤独なものです。

人生の中で本当に大事なものは、ここで言えば真理とかはそう簡単に手に入れないものなのでしょうね(^^;

お金や地位をもっていたりしても、そんな大事なものまでも持っているとは限りません。

だから人生をもがいてもがいて時には人生の谷に落ちてしまってまた登ってくる人は、どこか奥底に入ってしまったような雰囲気を漂わせているものです。

そんな人たちは真理をもっているのかもしれませんね(^^)

もう、奥底まで行きました?

え!?

まだ、不満の冬の大地を歩いている?

まぁ、いつの時代、どこに国にあるもの・・・・・・それはきっと人の不満なのでしょうね。

季節で言えば満足は春、不満足は冬に例えられるのかも。

そんな季節があるところに住んでいる私たち人間。

さて、そんな場所で不満を言い続ける人は、きっと雪で覆われた真っ白な大地を一人で歩き、横から風に吹き付けられて下を見て歩いているんでしょうね。

そんな考えてだけでも寒くなるような大地を歩くよりも、春のぽかぽかした日に蝶々が横で飛んでいるのを眺めながら歩いていたほうがどれだけいいことでしょうか。

なるべくそんな春の大地を歩くようにしていたいものです。

でも、寒いのはたまにいいんでしょうねぇ、自分を見つめ直す意味でも(^^)

あなたは、今どんな大地を歩いていますか?

もし、間違った大地に降り立ち歩いていたとしても、そこで何かを学ぶことが大事で巣よね。

真の勉強というのは、自分の間違った思い込みを修正し、自分の人生を豊かにし、それを楽しみながらやっていくことです。

そんな勉強を学校では教えてもらえません。

おそらくこの勉強はそこで学ぶものではなく、自分学校という先生も生徒も自分である学校でしか学べないものではないでしょうか?

つまり生徒である自分が問題点をだし、同級生の人や本からヒントをもらい、先生である自分がその問題に答える。

すべてのことが自分から始まっているのです。

この学校を持っている人は、おそらく小学生や中学生、高校生ではないでしょうね。

大学生になり、その学校を建てる資格をもらい、そして社会に出て学校を建てる。

社会が学校を建てる土地なのでしょう。

だから学歴がどうこうというわけではなく、いかにして自分学校を建てるかにかかっています。

勉強をしなくてはいけないのは、子供だけではありません。

大人だって勉強をしなくてはいけませんよね(^^;

人に勉強しろ!という前に自分が勉強していないとダメなんだと思います。

落ち着くいつもの朝。

10分でも、そこで何かを学び取っていきたいものです(^^)

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