大会・確率・マゾヒスト

大会というものは、昔からあまり好きではない。比較的緊張しいなタチなので、普段と違う環境の中一発勝負で成果を出さなくてはいけないというプレッシャーが好きではないのだ。

そんな中、2年ほど前に何を思ったかふとコーヒーの大会に参加したことがある。コーヒーのテイスティング力を競うこの大会。コーヒーの入った3つのカップがひとまとまりのセット。それが8セット用意される。実はそれぞれの3つのカップのうちひとつだけ違うコーヒーが入っており、その違うコーヒーが入ったカップを当てるゲームのようなものである。コーヒー業界ではトライアンギュレーションと呼ばれているこのゲームは、過去にコーヒーの資格試験を受けたときにも散々やっており、なかなか得意なつもりだった。

ところがどうだ。いざ本番がはじまり、ステージの上で参加者全員から見られながらコーヒーを味わうと、普段は豆ごとにまったく違うと思うコーヒーの味が全然判別できない。すべて、どこぞのものでもないただのコーヒーの味に思えてくるのだ。

結果は8セットのうち3セットしか当てることができなかった。白状しよう。それもすべて勘である。33%で当たるのだから、確率論はまったくすごい。見事なまでに確率の通りであった。何しろすべてただのコーヒーの味なのだ。区別などつくはずがない。最初で最後の大会は、散々な結果であった。それからは初心に帰り、大会に出ることはなくなった。確率論的には100年間毎年出場すれば1回は全問正解となるが、僕にその意欲はない。

大会に挑戦する人はすごいと思う。日本のバリスタには、10年以上毎年常に入賞し続けている人もいる。もちろん大会用のテクニックを知っているということもあるのだろうが、ああいった特殊な場で成績を残せる人というのを素直に尊敬するし、なんなら出場を続けるということだけで十分にすごい。自らを常にプレッシャーの中に置く、まさにマゾヒストの所業のようだなどということは、まったくナンセンスなので言うのをやめておきたいと思う。

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