見出し画像

[#10] ユーザーエクスペリエンスって何?

初出: MacPower 2001年 4月号

ブルーストグナツィーニという人物をご存じだろうか? 「トグ」という愛称で知られるこの人は、66番という若い社員番号を持つ米アップル社の元社員だ。彼はヒューマンインターフェースについての大御所なのだ。最近はNielsen Norman Group [*1](以下、NN/g)に所属して、ユーザーインターフェースのコンサルティングや講演などで活躍している。

トグさんの一番の業績は、ユーザーインターフェースにおける方法論をMacという具体的な世界で確立したことだろう。彼はアップル社でHuman Interface Groupを組織し、かの有名な「Human Interface Guidelines」という書籍を作って開発者にMacらしいアプリケーションの道筋を示した。その後、本という一方通行のコミュニケーションでは不十分だという結論に至り、自らヒューマンインターフェースエバンジェリストを名乗ってデベロッパーにガイドラインの遊守を説いて回った。

さらには、アップル社の開発者向け機関誌「Apple Direct」でコラムを執筆し始める。これは、開発者から寄せられるインターフェースに関する具体的な疑問とそれに対する答えから構成されていた。このコラムは後に「Tog on Interface [*2]」という書籍にまとめられ、多くのデベロッパーにバイブル的な本として愛されたのだった。

Tog on InterfaceはSystem 7のころ発行されたものなので、もちろん内容的には古いところもある。だが、いまでも基本的な考え方はまったく色あせていない。ガイドラインを導き出す過程も解説してあり、応用次第では今日でも十分に役に立つ。

そのトグさんが所属するNN/gのイベントが東京で開催されるという記事を、本誌2月号で読んだ。イベントのお題は「User Experience World Tour」。興味を引かれる内容っぽい。「ユーザーエクスペリエンス」という言葉は最近よく耳にするが、直訳すると「ユーザー体験」となる。雰囲気としてはユーザーインターフェースに関係があるということはわかるが、オレの中では何となく漠然とした言葉だった。Macのプログラミングにおいてよいユーザーインターフェースを作る自信はあるが、体系だった理論を持っているわけではない。これを機にユーザー体験とは何かを知りたいと思い、User Experience World Tourに参加してきた。もちろん、「トグさんに会いたい!」というミーハーな気持ちもあったのだが......(笑)。

ユーザーエクスペリエンスとは、プログラムを通してユーザーがどういう体験をするかということを意味する。プログラムがちゃんと機能する以上に、ユーザーが使って楽しいとか、所有していて楽しいなどの感覚を持てるかどうかが関係してくる。ひいては、プログラムの開発元がユーザーの心をつかめるかということまでも問題になるそうだ。うーん、幅が広く奥も深い。

プログラマーはよりよいユーザーエクスペリエンスを提供するために、ユーザー自身が望んでいることだけでなくその裏に潜んだ本当の要望を的確に見つけ出して、それを簡潔なかたちで実現するユーザーインターフェースを作る必要がある。この段階でユーザーインターフェースがようやく登場する。プログラムにおけるユーザーインターフェースはユーザーが直接触れる部分なので、もちろんユーザー体験においても大きな意味を持つ。つまり優れたユーザー体験を支えるものは、よいユーザーインターフェースだと言えるのだ。

では、よいユーザーインターフェースとは何か?研究によって得られた基本的なガイドラインに従うことで、ユーザーを最低限満足させられるユーザーインターフェースを作成することは可能だ。しかし優れたユーザー体験を生み出すためには、よいユーザーインターフェースかどうかをテストすることが大事だという。これを「ユーザビリティーテスト(Usability Test)」と呼ぶ。この言葉もよく耳にする。日本語では「使い勝手のテスト」となるだろうか。

ユーザーインターフェースがきちんと機能するかどうかを試す「機能テスト」は、開発者もメーカーもよく行う。だが、使い勝手に関してはあまりテストされないのが実状だ。そもそもこの2つのテストの存在は意識されることが少ないので、できるはずもない。今回のイベントでは、このユーザビリティーテストの正しい方法を中心に話が進められた。

特に興味深かったのは、このテストではユーザーを構えさせてはいけないという点だ。ユーザーに意見を聞くのではなく、ユーザーにはあくまでも使うことに徹してもらってそれを観察することが大切なのだという。そのとき、ユーザーに思っていることを口に出しながら操作してもらうといいそうだ。心の中までは観察できないから、これは必要なことだろう。

確かに、意見を聞くという行為は相手を構えさせる。そうなれば素直に意見を言ってくれないかもしれないし、下手をすればにわかジャーナリストになって思ってもいないことを語り出す場合だってあるかもしれない。ユーザビリティーテストにおいては、あくまでも観察から得られる結果が重要なのだ。このほかにも、役に立つ話がいろいろと聞けて有意義な時間を過ごせた。

さて、セミナーが終わり立食パーティーが催された。そこで何と!あこがれのトグさんと2人でお酒を片手に話すチャンスがあったのだ。インターフェースに起因するユーザーの感じ方やデスクトップメタファーに関すること、果てはMac OS Xをどう思うかなどたくさん話をすることができた。とても幸せな1日だったのだが、その内容は次回のお楽しみ......。Mac OS Xの発売後なので、そろそろ悪いことを書いても許されるだろうしね。フフフ。

バスケ
シエスタウェア代表取締役。東京のMacworld Expoも終わっているのに、PowerBook G4はまだ届かない。Apple Storeから一度だけ来た電子メールには発送予定日が書かれていたが、期日には届かず。その後は何の連絡もない。ふざけんなー。もうApple Storeなんて使わないぞー。

[1] Nielsen Norman Group - ・詳細は本誌2月号P.88を参照。
[*2] Tog on Interface詳しくは、http://www.asktog.com/books/tol_detall.htmlをご覧いただきたい。

編集・三村晋一


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?