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[#15] JISキーボードに規格の終焉をみる

初出: MacPower 2001年 9月号

JSA(日本規格協会)が制定するJIS規格で定められたキーボード、それがJISキーボードだ。だが周りを見渡してみると、いろいろなキーボードがJISキーボードと呼ばれていることに気が付く。そもそも、MacとWindowsのJISキーボードは全然違う。Windows同士でも機種により微妙に異なる。ワープロ専用機ともまた違う。厳密な規格が定められているはずなのに、JISキーボードの種類はバラバラだ。

JISキーボード間の相違を見てみると、アルファベットの配列やその上のカナ配列、また前々回話題にした記号の部分に関してはほとんど同じになっている。だが、日本語入力に関するキーはかなり異なっている。日本語を入力するための規格に準拠していて、なぜこのような差違が発生するのか?JIS規格の内容は、一体どういうものなのだろうか?

そもそも正式名称の「JIS X 6002-1980」からわかるように、この規格ができたのは'80年。「MZ-80B」や「PC-8001」などといった8ビットパソコンが、ようやく一般に認知され始めた時期である。そのころパソコンで入力する日本語は、いわゆる半角カナしかなかった。かたや専用機では、カナタイプライターからようやく最初のワープロが登場したころだ。こちらのキーボードはその後、親指シフトなども含めて混沌の世界に入っていくわけだが、パソコンの世界では、半角カナが使えることでユーザーはとりあえず喜んでいたのだ。

そんな時代背景を持ったJISキーボードは、極言すると半角カナを入力するための規格から生まれたものだと言える。ローマ字入力するのではなく、カナを直接タイプすることが最大の目的だった。その目的を追求した結果が、キートップに表示されたカナ表記でありカナ配列だ。アルファベット文字とカナ文字の両方をいかに簡単に入力するか。JIS X 6002-1980は、そのための規格だ。カナ表記こそがJISキーボードの神髄というわけだ。

実は規格自体にもその事実が明記してある。この規格の英語名は「Keyboard layout for information processing using the JIS 7 Bit coded character set」となっている。つまり、「7ビット範囲の文字集合を扱うためのキーボードの配置」という規格のこと。この7ビット範囲の文字集合とは何ぞや?これは別のJIS規格で、「JIS X0201-1976」という文字コレードに関する決まり事を指している。現在もこの規格そのものがアップデートされているが、当時はアルファベットと半角カナの文字集合のことだったのである。それを制御コードで切り替えて使うための規格なのだ。え〜い、面倒くさいぞ。

JISキーボードとは結局、カナ入力のための規格として存在するものだということがわかった。しかし現在では、ほとんどの人はローマ字入力によって文字をタイプしている。タイピング練習ソフトには、ローマ字入力のみをサポートした製品も出ている。小学校では、パソコンの授業でローマ字入力を教えているらしい。何よりも、せんだって始まった国のIT講習会でさえローマ字入力を採用しているのだ。今後、カナ入力が廃れていくことは目に見えている。それでもJISキーボードは規格として採用され続けていく。何たることだ!

問題は、誰のための規格かということ。本来はユーザーのためでなくてはならないのに、現状はメーカーのために[*1] 存在しているように見える。いや、メーカーでさえ必要としているとは思えない。規格があるから、ただ使っているのではないか?新しい規格を作るのは面倒だし、あるものは使わないと損だよ。そんな考えがあるんじゃないのか?

実はJIS X 6002-1980 策定の6年後に、新しいJISのキーボード規格「JIS X6004-1986」が発表されている。前の規格の悪い点を修正したものだ。業界では新JISキーボードと呼ばれているので、一応認知されているのだろう。なのに、この規格に沿ったキーボードにお目にかかったことはない。なぜ採用されないのか?恐らく、6年という歳月の間に旧JISキーボードが普及してしまったからだろう。最初の規格は便利だったのに、次の規格は邪魔になったのだ。たぶん。

規格はモノを作るうえで大変便利なものだ。絶対になくてはならない。しかし次第に古くなる。インターネットのRFC [*2] を見てみれば、ソフトウェアのレベルでは技術が古くなって改良され生き残る、または廃れていく様がよくわかる。技術は、時代の流れに反応して進化していくのだ。

もちろん、キーボードなどのハードウェアをソフトウェアと同じレベルで語るのはナンセンスだ。しかし、作ったモノは古くなる。だから、完成した時点で次を考える必要がある。そういったことを意識していなくてはならないのはハードもソフトも一緒だ。規格は次のものが出てこないと、それはいずれ製品を開発する際の弊害になるだろう。

規格は、世界的に見ると自国の利益を守るための攻撃手段としても利用される時代になっている。ISOやIEC [*3] などはもう、外交の場とも言える。みんな好き勝手に規格をいじって解釈し、そして守っている。せめてパソコンの発展にかかわる人間だけでも、規格にとらわれずに新しい夢を見られるようなことを始めてほしい。もう21世紀なんだから。

バスケ(http://www.saryo.org/basuke/)
シエスタウェア代表取締役。こんなことを考えていると、 「iMac」 以降のマシンからレガシーI/Oを葬り去ったアップル、ひいてはスティーブ・ジョブズはやっぱり偉いなぁと思う。 入力デバイスも新しいモノを頼むぞ。

[*1] メーカーのためにとはいえ、 ユーザーが得をすることも事実だ。
[*2] RFC Request for comment の インターネットに関する事実上の規格のこと。 正確には規格ではないのだが・・・・・・。
[*3] IEC- 国際電気標準会議のこと。
編集・三村晋一

編集・三村晋一


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