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『毎日が夏休み』

「死にたいけれど、死ぬ勇気がない。どうすればいいですか?」

男は全く死ぬつもりなどなかった。それまで自殺未遂もしたことはなければ、誰かに死にたいなどと小言を洩らした事もなかった。
ただSNSで「死にたい」とか「自殺」とか「リスカ」とか、そんなキーワードで検索すると呆れるくらいにたくさんの人々が毎日せっせと投稿を繰り返していて、それを知ってから自分でも試してみたくなったのだった。

リスカ画像のアップには強いインパクトがあった。毎日のように自分を刃物で切っている人がいた。救急車で緊急搬送された回数、入院回数、自傷行為の回数、リスカやアムカやレグカやネクカやフェイスカットやボディカットなどの技の数、そうした事がプロフに書き込まれていた。どうやらそれ等の数が多ければ多い程、ステータスが上がるらしい。下らない事をついつい数えてしまうのが人間の性なのだろうが、こんなにも大勢の人々が数字に夢中になっている事を知り、それが男には新鮮だったし意外だった。何処の誰とも想像の付かない赤の他人が、また別の赤の他人を脅迫し、脅迫された方は本来全く関係のない立場ながらも、何故かいたたまれなくなって脅迫者を説得せずにはいられなくなっているのだった。

堂々と開け透けに、大した躊躇いや想像力も垣間見えず、身も蓋もない人生の端々がSNSには転がっているのだった。

さて、男の投稿に対しては以下のような内容の返信が届いていた。

“あなたは疾病利得を当て込んでいる。小学生でも毎年自殺者が出ている。良い年をした大人が死ぬ勇気がないなんて、小学生以下。情けない。誠に勝手ながら、あなたに死ぬ勇気がメラメラと湧いてくるように、私は只今よりご祈祷させて頂きます。あなたが早く死ねるよう、強くお祈りさせて戴きます。”


「仕事や人間関係に疲れた。死にたい。どうすれば楽に死ねますか?」

“アホが感染するから早く死んで。君のような人を見掛けたら、小学生も情けなくなって生きる気力が萎える。地球が萎える。”

“君の代わりなどいくらでもいる。君が居なくなれば少しはこの星も住みよい星になるだろう。質問の答えにはなってないが、君を応援してるよ。”

“必ず避妊しなさい。パイプカットしてもいい。セックスするなとは申しませんが、とにかくあなたの遺伝子を次の世代に伝えてはならない。悪い種を根絶させなくてはならない。次世代に負債をこれ以上背負わせてはならない。あなたは歩く人糞製造器。歩くお喋りな大便器。人類の負債。”

“あなたは人生の遭難者、迷える子羊。あなたを探している人が大勢いる。あなたを捜索する為に大勢人が狩り出され、二次遭難者まで出る始末。それでもあなたを捜索する必要などあるのだろうか?二次遭難で亡くなるのは、私の身内や知人かも知れないのに。あなたのような人は早めに死体の状態で発見されるべきなのです。練炭自殺が良い。眠るように楽に死ねる。費用も掛からないですし、死体の損壊も少ないので処理する方も楽ですから。”

“トイレや風呂やテントなど、密室で炭火を起こしなさい。密室でバーベキューも良いでしょう。煙が出ないように気を付けなさい。備長炭を使うと良いでしょう。段々と眠くなるように、たくさんお酒を飲みなさい。睡眠導入剤も飲みなさい。但し、車の中はやめなさい。車が勿体ない。マンションや自宅で自死すると事故物件扱いとなって不動産屋に買い叩かれてしまいます。ご家族に資産を少しでも多く残したいと思うのであれば、公園の隅っこや橋の下などでコッソリと行うのが良いのでは?”

“ワカサギ釣りに行くと良いのではないでしょうか。テントで天ぷらを食べながら一酸化炭素中毒。自殺ではなく事故として処理されるかもしれません。生命保険の受け取り金額が不自然に高額にならないように。”

「死にたいけれど、死ねば周りに迷惑が掛かる。どうすれば良いでしょうか?」

“死ねば確かに迷惑ですが、あなたの場合、生きていればもっと迷惑。これ以上生きていても、あなたも周囲も後悔が増えるだけ。あなたはもう十分長生きしたんです。急ぎなさい。若死にした方が年取ってからよりも周囲も悔やんでくれますから。”

「人生に疲れました。もう死にたい。自殺すると地獄行きですか?」

“即身仏知らないの?君は外国人?”

“自殺で地獄行き?そんなのハッタリ。白虎隊も特攻隊も若くして死んだけど、死んで神になった。乃木希典夫妻も自殺して神社の祭神になってる。日本人なら誰でも知ってる常識でしょ?ちゃんと義務教育受けてきたの?留学生なの?留学生でもきっと日本で自殺すれば神になれるから、安心してね。”

“死ねば毎日が夏休み。カレンダーも時計も関係ない。あの世には学校も仕事もイジメも生理痛も痔も便秘も精神疾患も借金もない。苦しみや悲しみから解放される。早く楽になりなさい。あの世のトイレが水洗かどうかは行ってみないと分からないが、即身仏の時代には水洗トイレなんてなかったな。”

“ リスカ3回までならセーフとか、そんなご都合主義で身勝手なルールがあるとでも思っているのかい?もう手遅れだよ。”

“君ならきっと天使とも友達になれるさ。”

「死にたいです。今日もリスカしてしまった。ODもやめられない。助けて下さい」

“自殺幇助希望とかですか?簡単に自分を傷付ける人は、いつかは他人をも傷付ける。君は危険人物です。他人を巻き込む前に死んで貰わないといけません。死にたいと言うのは他人を脅迫しているのと同じ。脅迫してタダで済む筈ないよね。他人に嫌なことばかり言わせてないで、もっと自分で考えて察して欲しい。私には出来ないけど、誰かが君を幇助してくれるのを期待してるよ。”

“君は臭い。髪の毛も脇の下も口の中も臭い。君が花に微笑めば、花は萎れる。君が歌えば、飛んでいる鳥も目を回して墜落する。もっと死に急ぐべきだ。”

   “ 自分を簡単に傷付ける者は、他人をも簡単に傷付ける。あなたは悪い種だ。悪い種が落ちれば、良い実がダメになってしまう。悪い種は早目に分けられて火に焚べられなくてはならない。ボブ・マーリーの『I shot the sheriff』  を聞きなさい。 ”

“「人は死んで初めて生きる」と聖書にはありますが、それは本当です。文字通りの意味です。”

“いつ死ぬんですか?今でしょ!”

「一番楽な死に方って何ですか?」

“老衰死が教科書的には正答だと思われているようですが、実際には病気を抱えたりベッドにずっと寝たきりだったりと、決して楽な死に方とは言えず、寧ろ「苦しみ抜いて死に至る」というのが老衰死の本質です。オランダやスイスのような安楽死法が理想なのでしょうが、日本では現実的ではないので、練炭で一酸化炭素中毒というのが一番楽な方法と考えます。死体の損壊も少ないです。事故死が一番楽な場合もあります。死の不安と葛藤する事もなく死ねますから。殺される方が楽、という意見もありますが、あながち間違ってもいないようです。誰かに殺されたくてふて腐れた態度をして歩いている人は、今日も大勢いますしね。くれぐれも長生きしないようお気を付け下さい。”

“よぉ、大統領!アンタのような存在もたまには居てもいいと思うんだけどな。バカってのは見てると少し気が休まるというか、ホッとするというか、ほっこりするというか、一服の清涼剤みたいな何かそういうところはあるよ。でも薬は飲み過ぎると体に毒だ。そうそう、一番楽な死に方な。暗殺。”


様々な意見があった。「ネットは聖書よりも参考になるな」と男は思った。それから男は聖職者が毎日毎日聖書を死ぬまで読み続けるように、毎日のようにネットに同じような質問を投稿し続けている。

死にたいなどと言う事は、例えSNSの中であっても他人を脅迫しているのと同じ事だ。他人を脅迫しておいてタダで済む筈はない。

軽い気持ちで始めた事だが、男は人類全体を相手にした脅迫犯になった気分になって来て、それはそれで悪い気はしないのだった。そうして今や神仏さえも相手にして脅迫を始めるのだった。


「私は何年も神仏を呪い続けています。そうすれば神罰や仏罰が下って死ねると思っているからです。でも全然死ねる気配がありません。どうして?」


おしまい

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