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日記 12/31(日)




少しずつ買いだめはしてたけど、いろいろ足りてないことに気がついて、朝からあちこちハシゴした。

そばも買ったし、いい肉も買ったし、国道沿いのスタンドで灯油も安く手に入った。任務完了だ。

大みそかだ。

先週は寒かったけど、きょうは暖かい。ひと足先に春が来たみたい。マフラーをゆるく巻く。

でっかく「迎春」と書かれた幕が、商店街の入り口にかかっている。

八百屋、肉屋、ブティック、床屋、どのお店にも赤と白のしめ縄が飾ってあって、街がいつもよりにぎやかに感じる。歩いてるだけでめでたい気分だ。 

人出も多い。エコバッグを持った女の人、自転車を押す男の人、年より、子ども。「今年もお世話になりました」だの「来年もよろしく」だの、早口で言い合っている。

今日はあと、家に帰って掃除のつづき、お正月の食料の作り置き、ちゃんなべさんが帰ったらすき焼きつくって紅白見ながら食べるだけだ。
きのう「熱海にいます」と連絡が来たから、今日中には帰るだろう。熱海になんの用事があったのか知らないけど。

カマボコ買うのを忘れてて、魚屋によった。
店の前に瓶ビールのケースがごろごろほかしてあって、それをテーブルにして親父さんとカイロスとアーボックが昼から飲んでいる。

「カマボコください」 僕が言う。

「若旦那、若旦那」 親父さんが僕を呼ぶ。

「このうちふたつは水、ひとつは酒だ。当てたらサービスしてやるよ」

コップが三つ並んでいる。カイロスとアーボックがにやにやしながら僕を見ている。もう顔が真っ赤だ。

「どうせ三つともお酒なんじゃないの?」

「ダッサイのダイギンジョウだぜ」

やれやれと思いながら、コップを見比べる。どれも同じに見える。右のやつを選んだ。

「からい!」 

辛かった。

親父さんもカイロスも、テーブルをたたいて大笑いしている。アーボックはゲホゲホ咳きこんでいる。
いったいお酒が好きな人は、どうして自分じゃなく他人が飲んでいても喜ぶのか。ふしぎなことだ。

カマボコをひとつ、おまけしてくれた。ブリ照りとあまったお酒もくれた。来年もよろしく、と言って別れた。


保育園で子どもたちが遊んでいる。
大みそかまでやってるんだ、大変だなあと思いながら通ろうとすると、

「あっバシャーモだ!」 

「どこどこ?」

「本当だ!」

「すごい荷物!」

「重くないの?」

「ねえ飛べないって本当?」

えらいさわぎだ。こらこら失礼ですよと先生が叱ってるけど、先生も笑っている。
本当だよ、と手を荷物ごとあげながら返事をすると、ワーッと歓声が起きた。

「なんで飛べないのー!?」

「とりポケモンなのに?」

「へんなの!」

「バイバイバシャーモ!」

「また来てねー!」

  

アパートにつづく坂を上っていく。
ときどきふりかえり、景色をながめる。空が広い。遠くに山が見える。街のあちこちから湯気が立っている。


          ***


お隣のドアにも正月飾りがかかっていて、今朝までクリスマスリースだったから、僕が出てるあいだに取りかえたのかなと思った。

『いま厚木です』

ちゃんなべさんから連絡がきた。

『厚木?』

『休み休み向かってます。深夜になるかも』

『待ってください、電車じゃないんですか?』

箱根の山でワンリキーの群れに襲われたらしい。所持金すべて奪われて、走って帰るしかないとのこと。もっといい方法があるはずだと主張したけど聞いてくれない。

タクシーを使えば、と言いかけて、厚木からここまででいくらになるか考えるだけで恐ろしく「無理はしないでください」としか言えなかった。

窓を開ける。ざぶとんの上で寝ていたスイクンが起き上がる。あくびをし、のびをしてから、スルスルと外へ出ていく。掃除開始だ。

テーブルを立てる。カーペットをはがし、掃除機をかける。徹底的にかける。

いろんなものが出てくる。米粒、輪ゴム、髪の毛、ティッシュ、せんべいのかす、ペーパークリップ。 











窓を磨く。

クリーナーを吹きかけ、ちゃんなべさんの古い下着でていねいに磨く。最後に水ぶきするとかなり透明で、薄い氷みたいになった。指でコツコツたたいてみる。

トイレ、風呂場、キッチン。あとからあとから汚れが見つかってなかなか終わらない。

手を動かすうちに、窓から差しこむ光がだんだん陰ってくる。

テレビをつける。

居間の方から聞こえてくる紅白をラジオみたいに聞きながら休まず手を動かして、八時過ぎ、ようやく終わった。






自分の分の年越しそばをつくる。



ダシをとって、めんつゆをいれる。煮立ったら火を止め、そばを茹でる。長ネギを小口切りに、柚子の皮を千切りにして、最後にエビ天をのせる。





どてらを出した。


こたつに入って、紅白を見ながらそばをすすっていると「多摩川渡河中に足をつった」と連絡が来た。

『大丈夫ですか?』

『じょーに厳しい状況にあるとしか申し上げようがないこれは』

『今どちらです?』

『用賀っすね』

『迎えに行きましょうか? お金もって』

『や、待ってても寒いし、ここまで来たらもう踏破しますよ。マア今日のうちに辿りつけるかどうかは分かりませんが』

マア好きにさせようと思って、食べ終わったどんぶりを片づけたあと、ひとりで宴会することにした。

カマボコ二つあるし、行儀わるいけどたまにはいいかと思って、板についたままガブガブかじってみたらおいしいし、楽しい。



紅白を見る。




郷ひろみのこの曲はコーラスがあったほうがいいなと思った。



マンゴーがすべり台をすべっていた。


カマボコや昆布巻きをつまみながら、ちょっとずつお酒を飲む。
このお酒、辛くて苦手だったけど、料理といっしょに飲むとけっこういけるかも。
そして僕はお酒強いのかもしれない。あまり考えたことなかったけれど。



 

星野源。



「タイミング」でちょっと泣いてしまった。




ズレた間のワルさも
それも君のタイミング
僕のココロ和ます
なんてフシギなチカラ


いい歌詞だ。




エレカシ。



石川さゆりさんが寒そうに歌っている。



ちゃんなべさんから連絡が途絶える。ちょっと心配になる。

YOASOBI、楽しすぎてこたつから出てちょっと踊った。  


福山雅治さん、すごく感動的な様子で歌っているのでじっと聴いてみたけど、いまいちよく分からなかった。音楽はむずかしい。





最後はミーシャだった。



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除夜の鐘が鳴る。  

裏の山のお寺から響いてくる。

もう聞こえないかな、と思って耳をすますと、まだかすかに、本当にかすかに残っているのでびっくりする。そしてまた鳴る。

なんとなく、雪が降っているような気がして、窓を開ける。降っていない。冷たい空気が頬に触れる。初詣に行くらしい人たちが窓の下を楽しそうに通り過ぎる。


鐘の音は、雪のようにしんしんと、山に、街に、この部屋の上に、降るようだった。

くるぶしが急にくすぐったくて、目を落とした。紫色のフサフサが目にとびこんできた。スイクンが帰ってきた。

「スイクン、あけましておめでとう」

返事のつもりなのか、鼻をフンッと鳴らした。それからテーブルに飛びのってカマボコと数の子をもしゃもしゃ食べ、また出かけていった。

彼にとってはお正月も、三百六十五分の一日でしかないのかも知れない。


ケータイの画面が光った。





冷蔵庫からお肉を出す。






しいたけ、ねぎ、白菜をボウルに盛る。コンロに鍋をのせ、火をつける。





鍋に牛脂を落とす。ゆるんでくるのを待って、全体になじませる。お肉のスペースがなくならない程度にネギを投入する。いい香りが立つ。
 




















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