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しがない損保マンが年収140%UPで転職できた訳

こんにちは、馬車馬ぱぱです!
本日は私の転職の経験についてお伝えします。
今の仕事に満足いってない方や、これから転職を志そうとされる方々に参考になると嬉しいです。

まず、私は新卒で入社した損害保険会社を4年目で退職し、年収140%UPでメガベンチャー系の企業へ転職成功しました。

転職に至るまでの経緯や苦労したことなどについて語っていきたいと思います。

見出しはこんな感じです。

・損保マン時代の生活について

みなさんは損保マンと聞くとどんなイメージを持たれるでしょうか?

「損保マン」=損害保険会社に勤める、会社員を指します。

保険会社も生命保険、損害保険、再保険などいくつか種類がありますがそのうちの一つです。

商社に勤める人を「商社マン」と呼ぶことは浸透してますが、それが浸透していないのが(損保マン」と言ったところでしょうか?^^;

そんな損保マンの良い点は以下の2つです。

・給与がいい
・家賃手当がいい

国内上位3社以上(東京海上、三井住友海上、SOMPO JAPAN)に勤める損保マンは、不祥事などのよっぽどのことを起こしキャリアに傷をつけなければ、40代、早くて30代で年収1,000万円の大台に乗ることも可能です。

全国を転勤する必要はありますが、転勤先での家賃手当なども手厚く行ってもらえます。
私が勤めていた会社では、家賃の自己負担は2割のみで暮らすことができました。

そんな給料も良く、家賃もさほどかからない損保マンですが、華やかな側面のみではもちろんありません。
損保マンの苦しい部分の代表例は以下です。

・関係性構築上の出費が多い
・関わる取引先にこれまでの常識が通用しない

例えば取引先がディーラーの損保マンの場合、たいていの社員は関係性の構築上、新車を定期的に購入していたりします。
私はディーラーと取引をする部署ではなかったのですが、当時隣の課にいた後輩は新卒一年目にも関わらず、500万弱の車をローンで購入してました。
毎月の支払いローンが重く、その他の支払いが滞り、クレジットカードが止まってました^^;

また、週末のゴルフや時には地域の選挙応援、マラソン大会のサポートなど細々としたプライベートでの出費も多々発生していたと思います。

そして、個人的に強く感じていたのは、損保マンが関わる取引先の多くは、それまでの損保マンが育ってきた環境の中での常識が通用しない人種の方々が多いことです。
これは私も今振り返るとストレスを感じたポイントだったなと思いました。
損保マンはほとんどの社員が大学を卒業し、損保に就職します。
入社後に関わる自動車整備工場のおにいちゃんや、中古車販売会社の社長、不動産賃貸会社の社員や、地域の地主のおじさんなどはこれまでの損保マンの常識からは対極に位置する人が多いのです。
そしてこのような人たちと関係性を構築し、自分の会社の商品を扱ってもらうというミッションを背負います。
私はこれが一番のストレスでした。

・転職を意識したきっかけ

私がそんな損保マンの仕事から転職を決めたのは以下の2つが主な理由です。

・先輩の姿をみて将来に不安を感じた
・関係性の構築営業に疑問を感じた

まず、一番の理由は職場の先輩をみて感じたポイントが大きかったです。
その先輩は私より20歳くらい年上でした。
給与はおおよそ私の倍(一本超え)をもらっており、人間性も悪い人ではありませんでしたが、とにかく仕事ができない人でした。
そして、20歳歳は離れていますが、やっている仕事の内容は相手が違えどまるっきり自分と同じ仕事内容なのです。
逆にいうと、20年後も自分は同じ内容の仕事をやり続けるのかという気持ちになり、一気に萎えたのを覚えています。
20年の時間を費やしても、(給与は上がれど)汎用的なスキルは上がらず、会社に守られているだけで良いのかととても不安になりました。

二点目は、営業のスタイルについてです。
先ほども記載したように、損保の営業で大事になるのは関係性の構築です。
もちろん取引先によっては関係性よりも、提供価値で判断されることはありますが、私の経験からは関係性の方が重視される業界であったと思っています。
休日のゴルフ、業務外での対応、ご機嫌取りなどがそれに必要なことでした。
もちろん一社会人として必要な能力ではありますが、こればっかりが積み重なっていくことに不安を感じていくようになりました。

・ナビサイト、エージェントサイトに登録

そうして、損保会社でこれからのキャリアを続けていくことに不安を抱えた私は、転職活動を開始することを決意し、まずはナビサイトやエージェントサイトに登録することを始めてみました。
その時の年齢は26歳でした。
たくさんの求人やエージェントのアドバイザーから提案される求人をみて感じたのは、あの時動いて本当に良かったということです。
26歳が転職に動き出すことは市場はとても受け入れてくれており、経験のない職種への転職もまだまだ可能なタイミングでした。

・面接

登録したエージェントから薦められた求人票へ応募することを決めます。
しかしここで一つの懸念がありました。
私は当時地方勤務の為、面接地の東京へは片道4時間かかり、気軽にいくことができませんでした。
会社も有給を取りづらい雰囲気で、また転職活動のことももちろん会社には内緒にしていたので、機動力高く転職活動を動くことができませんでした。
そんな時とても助けてくれたのが転職エージェントの存在でした。
私の置かれた状況もきちんと踏まえ、応募企業に面接回数の調整などを動いてくれました。
全3回の面接のうち1回はweb面接にしてくれた為、初回の面接と最終の役員面接のみ時間を捻出し東京で面接を行うことで内定を得ることができました。
最近では特にコロナの影響もあり、特に場所の制約などは少なくなってるかもしれませんね。

・現在について

現在は転職して3年目になりますが、今の生活にはとても満足をしています。
給与が上がったこともそうですが、何よりも時間の無駄だと思っていた、取引先との関係性構築のみに終始した時間から解放されたことが一番良かったと思っていることです。
今の仕事は、置かれている環境を客観的に捉え、自分の頭で取り組むことを考えるという能動的な働き方ができています。
取引先に気に入られ、自社の商品を扱ってもらう、簡単なことではないですが、単純な仕組みから、より1人のビジネスマンとして汎用性を持ったスキルを積み重ねられていることが何よりのやりがいです。

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