前田健太は対左打者をいかに克服したか。

前田健太はMLBへの入団以来、左打者への投球を課題としてきた。2019年までその課題は続いていたが2020年には短いシーズンながら成績向上の兆しが見られた。その原因を探っていきたい。

前田健太の課題

まずは前田の対左右別成績を見ていく。ここではxwOBAという指標をリーグ平均と比較する形で前田の投球がリーグ平均よりどれだけ優れていたかを評価する。xwOBAとは非打球結果については実際の打席結果を、打球結果については実際の打席結果でなく打球の速度と角度を用いどれだけ価値のある打球を打たれるかを推定した値を出すことによって打席当たりでどれだけ得点を生み出していたかを推定する指標だ。投手にとっては低ければ低いほど失点を抑止できることを表す指標といえる。

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前田はMLBに移籍して以来、リーグ平均と比較してxwOBAの差が一貫して50ポイントを超えており対右打者への投球で大きなアドバンテージを有していた。対右打者に限定すればリーグ屈指の好投手だった。

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一方で左打者に対しては2019年までリーグ平均と比較して10ポイント以内とわずかなアドバンテージに過ぎなかった。対右打者ではリーグ屈指の好投手の前田だが対左打者ではリーグ平均レベルの投手になってしまっていた。

しかし2020年は短いシーズンながらリーグ平均と比較して30ポイント程度の差をつくりだしており対左打者にもアドバンテージを築きつつあるようだ。前田の左打者に対する投球は2020年とそれ以前でどう変化していたのか、検証していく。

球種割合

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まずは球種割合を見ていく。2019年と比較して目を引くのはフォーシームの投球割合が大きく低下しスライダーの投球割合が大きく増加したことだ。

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一般的に右投手は対右打者と比較して対左打者へのスライダーの投球割合が大きく低下する傾向にある。前田自身も2019年はリーグ平均と同じ傾向にありフォーシーム34%に対し11%しかスライダーを投げていなかった。しかし2020年はフォーシーム17%に対しスライダーは30%となりフォーシームとスライダーの投球割合が逆転した。この変化にはどのような効果が期待できるだろうか。

対左打者でイマイチだったフォーシーム、有効だったスライダー

前田の2019年のxPV/100を見ていく。xPVとは非打球結果(捕球をされなかったファール含む)については実際の結果を、打球結果については打球の速度と角度から推定される得点価値を用いて各球種についてどれだけ推定される得点を増減させたかを表す指標だ。詳しい説明はこちらを参考にして欲しい。xPV/100はそのxPVを投球100球あたりでどれだけ失点を防いだかの形に変換したレートスタッツだ。

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10%以上投球した球種ではスライダーが対左打者で最も有効な球種だった。一方でフォーシームはマイナス(失点を増やしていた)であり失点を抑えるうえで効果の低い球種だった。以上のことを考えると素人考えだがあることが思いつく。フォーシームの投球割合を減らしスライダーの投球割合を増やせば総xPVは上昇するのではないか。

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画像はもし2019年と同じxPV/1(1球当たりの失点増減)で投球割合を2019年から2020年のものに変更して1000球投げた場合に期待されるxPVだ。価値の低いフォーシームの投球割合を減らし価値の高いスライダーの投球割合を増やしたことによって総xPVが4.3点(うちフォーシームとスライダーの投球割合を見直したことによる失点改善は3.7点)改善される計算となっている。私はスライダーの投球割合を増やしたことはこうした効果を期待していて今季の成績上昇もそれによるものだと推測していた。

実際のxPVは……

2020年の前田のxPV/100を見てみる。

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前年と比較して大幅にフォーシームのxPV/100が改善していることがわかる。2019年には対左打者で価値の低かった前田のフォーシームだが2020年は対左打者で大きな武器となる球種と変貌を遂げていた。

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画像は2019年と2020年の前田のxPVを1000球のスケールで表したものだ。前年の成績と比較したxPVの総和は11.3と大きく改善している。投球割合を増やしたスライダーや質の上がったチェンジアップなどが数字を押し上げた要因ではあるがなかでも著しい改善をしたのはフォーシームだ。前年より投球割合を大きく減らしたにも関わらず前年比で最も失点抑止に効果を上げた球種となっている。前田の成績上昇の大きな要因はフォーシームの質の改善によるところが大きそうだ。

追記:前田のフォーシームはなぜ良化したか。

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なぜ前田の対左のフォーシームの質は大きく改善したのだろうか。前田のフォーシームを前年と比較する。対左の球速・ボールの変化量は大きく変わってはいない。

そうなると考えられるのは投球コースだ。前田の平均的な投球コースを見てみると対左では高めによく集まっていることがわかる。ストレートは平均的に高めに投げた場合の方が投手にとって良い効果をもたらす。前田の対左へのストレートの質の改善は投球コースの高さを変更したことによるものだろうか。

しかしそれでは説明がつかないことがある。前田は対右へのストレートの質も改善しているが一方で投球コースは前年より低くなっているのだ。

この投球コースの高さは平均でありピンポイントに失点の低いゾーンに投げたことを探るには不向きである。そこで前田のストレートのAttack Zoneでの投球割合を見てみる。Attack Zoneの日本語での詳しい説明はこちらのリンクを参考にしてほしい。

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Attack ZoneはChaseやWasteへの投球を減らしShadowへの投球を増やすことが好ましいとされる。しかし前田のフォーシームのAttack Zoneを見てみるとほとんど変わっていない。むしろわずかだがChaseへの投球割合が高まってしまっている。前述の高さのデータとAttack Zoneのデータを見てみても前田のフォーシームの質の改善は投球コースによるものとは考えにくい。

前田の被打球指標を見る

続いては前田のフォーシームの被打球指標について見ていく。ここではxwOBAconと呼ばれる指標を見ていく。xwOBAconとはxwOBAとは打球結果について実際の打席結果でなく打球の速度と角度を用いどれだけ価値のある打球を打たれるかを推定した値を出すことによって打球でどれだけ得点を生み出していたかを推定する指標だ。投手にとっては低いほど失点リスクの低い打球を打たれていることを意味する。

前田 xwOBAcon

前田のxwOBAconは大きく良化している。しかし今季は打球数そのものが大きく減少している。今季はシーズンそのものが短かったうえにフォーシームの投球割合が減少したことで打球の発生そのものが少なくなったと推測される。そして前田のxwOBAconの指標改善は打球数そのものが極端に少ないことによって偏りが生まれたことによる可能性もある。例年通りの試合数であれば平均へ回帰している可能性が考えられる。

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