一塁走者の走力は打者や投手に影響を与えるのか

セイバーメトリクスでは盗塁は打撃や守備、投球と比べるとそれほど得失点増加に大きなインパクトを与えないとされる。リーグの環境によって細かい数字は異なるが盗塁得点は0.20点、盗塁刺得点は-0.40点程度になる。リスクとリターンを比較するとリスクが大きいうえに1つの盗塁の成功で得られるリターン自体もそれほど大きくはないところがインパクトの低さの原因と考えられる。

一方でこんな意見もある。「俊足の走者が塁に出るとバッテリーにプレッシャーをかけたり速球主体の配球にさせて打者をアシストすることができる。これは単純な得点期待値や得点価値では測れない効果である」。

一見もっともらしい意見だが実際一塁上の走者の走力が打撃成績にどんな影響を与えるのであろうか。「セイバーメトリクスでは数字に表れない効果を過小評価する」などとは言われるところだがそもそもそういった効果は本当に数字に表せないのだろうか。今回は走者の走力が打撃成績に与える影響の定量化を試みる。

検証方法

まず検証方法から考える。単純な方法としては盗塁が可能な状況で俊足の走者とそうでない走者、鈍足な走者の3タイプの選手が塁上にいる場合の成績の平均値をとる方法だ。この方法は一見それらしいが問題がある。俊足の選手が塁上にいる状況というのはクリーンナップに繋がる上位の打者であることが多い可能性があることだ。そうなると単純に良い打者が打席に立つ機会の多い俊足の走者のときの打撃成績が過大評価される可能性がある。

そこで補正を行う。方法としては2015-2020年のMLBで通算300打席以上立った打者が一塁走者が盗塁可能な状況で塁上にいるときに実際に記録した打撃成績と全打撃成績から期待される打撃成績を推定して算出して比較するという方法だ。

全打撃成績から期待される打撃成績を推定する方法としては例えば盗塁可能な状況で俊足の走者が一塁上にいるときの打者のwOBAの内訳がOBA.320の打者が3打席、.300の打者が2打席の場合は

(.320+.320+.300+.300+.300)/(1+1+1+1+1)

と計算して打者のwOBAの期待値を出す。(他の指標も同様に行う)

といった具合だ。これを俊足の走者が一塁にいるときに実際に記録された打撃成績と比較することで走者の影響を測る。

対象は2015-2020のMLBとする。データはBaseball Savantfangraphsから入試たものを使う。各年度で250打席以上立った打者でシーズンの盗塁数が30を超えた選手を俊足(Fast)、盗塁を一度も記録しなかった走者を鈍足(Slow)、それ以外の選手を平均(Average)とした。盗塁可能な状況の定義は得点差5点差以内で二塁が空いている状態と定義する。

検証結果

打席数

打席数

wOBAの分母を打席数の分母とした。細かい状況なのでややサンプルが少ない感じもするが仕方ない。

wOBA

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打者の総合的な得点創出を表す指標であるwOBAは推定値と比較して飛びぬけて高くなったり低くなったり、といったことはなさそうだ。30盗塁以上した走者が塁にいる方が平均的な走者が塁にいるときよりもwOBAの上昇が小さいが正直この程度なら誤差レベルではないかと思う。盗塁0の走者が塁にいるときはwOBAが6ポイントほど低下しているがwOBAで6ポイントというとその状態で500打席立って現れる違いは2.6点程度なためそこまで大きいとは言えないだろう。走者の走力が得点創出に与える影響は極めて軽微だと言える。

K%

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K%は俊足の走者が塁にいるときにやや低下の度合いが大きい。打者が俊足の走者を塁に進めようとコンタクトを試みるのか、投手の投球をコンタクトしやすくする効果があるのか。理由はわからないが三振率にはある程度走力が関係していそうな感じはする。

BB%

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俊足の走者が一塁にいるときはK%の低下の度合いが大きかったがBB%も低下大きくなっている。俊足の走者が塁にいるとそれを活かすために打球結果を発生させて最低でも進塁打を狙おうという心理が打者に働く等といったことがあるのだろうか。

ISO

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打者の純粋な長打力を表すとされるISOは俊足の走者が塁に入る時と鈍足な走者が塁にいるときとどちらも低下している。

wOBAcon

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打球のwOBAを表すwOBAconは平均的な走者が塁にいる場合は上昇する一方で俊足な走者、鈍足な走者がいる場合は低下する、といった結果になった。

BABIP

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BABIPはどの選手でも全体的に上昇している。原因として考えられるのは盗塁可能な状況で一塁に走者がいると塁上に一塁手が就くことによってヒットゾーンが広がりやすくなる、ということだ。鈍足な選手は上昇の度合いがやや低いか。

まとめ

・全体的にどの指標も大きな変動はない。走者が打撃成績に与える影響は極めて限定的と考えられる。

・俊足な走者が塁にいると非打球結果の割合が低下しやすい傾向にある。

・鈍足な選手が塁上にいると他の選手よりも成績が低下しやすいがそれも軽微なものである。

今回は「数字に表れない効果」を数字に表そうと試みたが基本的に走者の走力が打撃成績に与える影響は極めて限定的と言えそうだ。今回の結果だけで走者の走力がバッテリーや打者に与える影響が全くないとは言い切れない。俊足な選手が塁にいると非打球結果が増えやすいということから打者のアプローチに何かしら変化を起こさせているという可能性はある。

ただ得点増減に与える影響(wOBA)の変動は極めて小さい。少なくとも得点を多くとるためと称して打撃より走力を優先したチーム作りを行ったり塁上に盗塁をする走者がいると点が取りやすくなる効果があるはずだといってアウト覚悟で走者を走らせるといった行為は数値的に見ると非効率と言えるだろう。

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