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大手製薬株は長期投資に向かずBig Pharma Stocks Need a Rethinkビジネスモデル、事業環境ともに大きく変化

ファイザー苦戦の背景

製薬会社の製品を理解するのは、ウォール街で最も骨が折れる仕事なのかもしれない。しかし事業そのものは、いたってシンプルだ。大手製薬会社は、基本的には収益性が高い一連の独占的な商品と、そうした独占権が失効する時期への不安のバランスの上に成り立っている。

ファイザー<PFE>のそうした不安は、世界を救った新型コロナウイルス用ワクチンを含む、この5年間のその他ほぼすべてのことを圧倒するほど深刻である。ファイザーの多くの製品が次々に特許切れを迎える予定であり、競合企業によるジェネリック医薬品(後発薬)の販売が可能になり、ファイザーによれば、2020年代末までに年間170億ドルの売上高を失う見込みだ。

2019年の年初に就任して以降、アルバート・ブーラ最高経営責任者(CEO)は、特許失効に備えるため、あらゆる手を尽くしてきた。買収に800億ドル、研究開発(R&D)に500億ドルを費やす一方で、かつて抗炎症薬アドビルを販売していた消費者向けヘルスケア部門を含む非中核事業を売却した。その間も22種類の新薬承認を獲得した。そしてそのうちの2年間は、ファイザーの新型コロナウイルス用ワクチンが医薬品史上最大の売上高を記録した。

しかし、投資家はこうした実績をブーラCEOの功績としては一切認めていない。ブーラ氏がCEOに就任した2019年1月時点のファイザーの株価は41.35ドルだったが、直近の終値は約27ドルと33%も下落している。S&P500指数はこの間に2倍以上に上昇している。

これはファイザーだけの問題ではない。大半の大手製薬会社の株価は近年苦戦を強いられている。製薬会社の数十年にわたる取り組みにもかかわらず、根本的な現実は変わっていない。製薬会社は最高の発明品の独占権をいずれは失う。競合企業がアップルのiPhone(アイフォーン)の完全なコピー製品の販売を許されたり、マクドナルドがゴールデンアーチ(頭文字Mのロゴ)の共有を余儀なくされたりすることを想像してみればよい。新たな法律によって、メディケア(高齢者向け医療保険制度)が医薬品価格を特許が切れる前に交渉できるようになったことは、この問題をさらに悪化させた。

より安価な後発薬の製造を認めるのは人類にとっては喜ばしいことだが、投資家にとっては継続的な損失となる。こうした事実は、大型新薬を巡る大々的な宣伝の前にかすみがちだ。時とともに大手製薬株は長期投資として機能しなくなった。過去5年、10年、15年、20年のいずれの期間をとっても、ファイザー、メルク<MRK>、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)<JNJ>、ブリストル・マイヤーズ・スクイブ<BMY>の株価は、たとえ各社の気前の良い配当金を考慮したとしても、S&P500指数をアンダーパフォームしている。英国のグラクソ・スミスクライン<GSK>とフランスのサノフィ<SNY>についても同様のことが言える。顕著な例外はイーライリリー<LLY>とデンマークのノボ・ノルディスク<NVO>だが、これは、短期間のうちに勝ち取った減量薬の成功が両社のパフォーマンスを最近押し上げたからだ。イーライリリーの場合は10年強、ノボ・ノルディスクの場合は10年弱でこれら治療薬は特許切れを迎えるため、両社は振り出しに戻る可能性がある。

実際、イーライリリーとノボ・ノルディスクの株価急騰は、大手製薬株が、これまでの通念であった何世代にもわたり継続保有する優良銘柄などではなく、トレーディング銘柄に近いことを示している。従来の見方が実績に裏打ちされたものだったのは確かだ。1984年から2004年にかけて、メルク、ファイザー、J&Jの株価はS&P500指数を軽くアウトパフォームした。しかし、時代は変わった。

ファイザーの最近の株価パフォーマンスは多くの目に不可解に映る。これは、2021年に30億回分の新型コロナウイルス用ワクチンを製造し、2020年の暗黒の日々の後、普通の生活を取り戻すことを可能にした企業ではなかったのか。古い抗ウイルス薬を引っ張り出して作り直し、最高の新型コロナウイルス用抗ウイルス薬「パキロビッド」を2年足らずで米国の薬局に並べた企業ではなかったのか。そして、どこにでも存在し、重篤な疾患を引き起こす可能性のあるRSウイルス用の新型ワクチンの一つを販売し、高齢者や新生児を持つ両親のこのウイルスに関する考え方を変えつつある企業ではなかったのか。

ファイザー問題については本誌も困惑している。1年前のカバーストーリーでファイザーを「買い」とし、その開発パイプラインを「過小評価されている」としたが、その後、ファイザーの株価は40%以上下落している。ファイザーは今や、大手製薬株のすべての投資家にとって重要なケーススタディーとなっている。ファイザーが成し得ないことを、成し遂げる企業などないだろう。

ビジネスモデルの変化と薬価問題

現在の大手製薬会社のビジネスモデルは長年にわたる株価パフォーマンス低迷に対応するため、比較的新しく生み出されたものだ。主としてブランド化された処方薬を販売する今日のファイザー、ブリストル・マイヤーズ・スクイブ、イーライリリー、ノバルティス<NVS>、アストラゼネカ<AZN>、グラクソ・スミスクラインは、裾野の広い複合企業から生まれた。ブリストル・マイヤーズの前身は便秘薬、歯磨き粉、粉ミルクで大きくなった企業だった。現在メルクとして知られる企業はラジオ局を保有していた。ファイザーの前身企業はリステリンや缶詰パスタのシェフ・ボヤルディーを製造していた。

米国と欧州の大手製薬会社は、こうした非中核事業を削ぎ落としてきた。大手製薬会社の事業内容は、例外はあるが、一般的には年間十億ドル以上の売り上げをもたらす医薬品を開発または買収し、ヘルスケアシステムに可能な限り高価格で特許が切れるまで販売することだ。

現在の大手製薬会社は、1980年代に台頭し始めたジェネンテック、ギリアド・サイエンシズ<GILD>、セルジーン、アムジェン<AMGN>、ジェンザイムなどの大手バイオテクノロジー企業に似ている。これらの企業は高価格の最先端医薬品に特化し、大手製薬会社の特徴である多角化を追求することはなかった。投資家はバイオテクノロジー企業を、単一の臨床試験の結果によって株価が大きく変動する可能性のある高リスク銘柄として扱っている。これに対し、大手製薬会社の株式はどういうわけか、安全な長期保有銘柄という見方が確立している。時価総額は数千億ドルに上り、保有しているのは長期にわたり安定した予測可能な利益の成長を求める大手機関投資家だ。同じ理由で大手製薬会社に目を向ける個人投資家も多い。

製薬会社幹部も期待に応えるため、バイオテクノロジー・モデルの採用を含め、あらゆる手を尽くしている。2022年の本誌カバーストーリーで紹介したように、製薬会社は、バイオテクノロジー企業がより新しく、より複雑な医薬品に異常に高い価格を好きなように設定し、高いバリュエーションを実現していると見ていた。バイオテクノロジー企業の高価な医薬品は通常、希少疾患を対象とし、大手製薬会社が重点を置く錠剤よりも複製が困難だった。刺激を受け、恐らくは羨望(せんぼう)もあり、大手製薬会社は非中核事業をスピンオフして、より複雑な医薬品に注力し、後発薬メーカーからの競合が少なければ、特許切れとなった後でも高価格を維持できると期待した。この戦略は期待通りには機能しなかった。バイオシミラー(バイオ後続品)と呼ばれる、より複雑な医薬品の複製バージョンが薬価引き下げにますます大きな影響を与えるようになっている。

一方、2022年に法制化されたメディケアの新たな薬価交渉制度は、バイオシミラーには無理な分野にまで踏み込み、医薬品の売上高に崖のような急減をもたらしている。この法律はすべての医薬品に影響するわけではないが、企業が希望通りに医薬品価格を設定できる期間が短縮されることになる。その結果、大手製薬会社は元のゲームに戻り、ブロックバスター(大型新薬)を探すとともに、次の売上高の崖はそれほど深刻なものではないと、投資家の説得に努めることになる。

本質はトレーディング銘柄

ファイザーが抱える問題は、規模の巨大さゆえに、売上高に何らかの影響を与えるためには巨大なブロックバスターが必要になることだ。昨年の売上高は585億ドルだったが、年率5%以上(J&Jのバイオ医薬品事業の長期目標)で成長するとなると、2020年代末の売上高は800億ドルに達する必要がある。このギャップは巨大であり、加えて、2023年に170億ドルを超える売上高をもたらした医薬品の特許がそれよりも前に切れるため、5%成長を達成するためには合計で年間約380億ドルの新たな収入源をわずか6年以内に獲得する必要がある。これは大手製薬会社の基準から見ても巨大な金額だ。イーライリリーの2023年の年間売上高が341億ドルだから、言い換えれば、ファイザーは2030年までに大手製薬会社1社に相当するものをポートフォリオに加える必要があることになる。ペンシルベニア大学ウォートンスクールのロートン・バーンズ教授(ヘルスケアマネジメント)は「ファイザーの問題はあまりにも巨大なことだ。ウォール街が期待する成長率を達成するには、可能な選択肢が不足している」と指摘する。ファイザー自身は、2030年までに最近発売した新製品で200億ドル、最近の買収を通じて手に入れた製品で250億ドルの新規売り上げ創出を目指すとしている。

大手製薬会社の安定的な成長の実現が困難になる中、投資家は製薬会社の株式はトレーディング銘柄であるという現実を受け入れる必要がある。ファイザーは魅力的な配当を支払っているが、それでも長期のトータルリターンで見た場合、広範な市場をカバーする指数をアンダーパフォームしている。

トレーディング戦略とは、2020年代末までに到来する大型特許の期限に細心の注意を払うことを意味する。他の先進国とは異なり、米国では製薬会社が設定する医薬品価格に制限はない。ほとんどの場合、価格が下がるのは特許切れになった後だ。特許保護期間を延長するため、単一の医薬品のさまざまな側面を保護する数十の特許を申請するなど、製薬会社はさまざまな戦術を採用しているが、いずれはすべての独占期間が終了する時が来る。研究によると、新薬が発売されてから平均12〜15年で競合する後発薬が発売されている。医薬品の売上高の落ち込みを「特許の崖」という比喩で表現するのは誇張ではない。後発薬が市場に現れると、価格は95%以上下落することもあり得る。

大手製薬会社の中で最も急な特許の崖を控えているのはメルクで、2030年までに特許切れとなる医薬品は、2023年の売上高で合計300億ドル超に上る。その大半を占める(そしてメルクの2023年の売上高の42%を占める)がん治療のメガブロックバスター「キイトルーダ」は、米国では2028年に特許切れとなる。2番目はブリストル・マイヤーズで、血液抗凝固剤「エリキュース」、がん免疫療法薬「オプジーボ」を含め、2030年までに特許切れとなる医薬品の2023年の売上高は230億ドルだった。1月の投資家向けカンファレンスで、メルクのロバート・デービスCEOは「キイトルーダの状況は崖ではなく丘だ」と語った。確かに、メルクにはキイトルーダの売上高減少を遅らせる合理的な手立てがある。その一つが、現在試験中の皮下注射が可能な新バージョンで、バイオシミラーの攻撃の波をかわすことができるかもしれない。

大手製薬会社のR&D以外の特許切れ対策としては買収がある。昨年12月、ファイザーはがん免疫療法の腫瘍ターゲット特性と化学療法の殺腫瘍特性を併せ持つ抗体薬物複合体(ADC)分野のリーダーであるシージェンの大型買収(買収額430億ドル)を完了した。この技術は昨年、製薬業界の注目を集め、メルク、アッヴィ<ABBV>、J&Jが自社のADCを確保するため、数十億ドル規模の契約を締結した。

2023年1月、ファイザーは投資家に対し、通期売上高670億〜710億ドル、希薄化後の調整後1株当たり利益(EPS)3.25〜3.45ドルを予想した。しかし、達成はできなかった。結局、ファイザーの2023年売上高は585億ドル、希薄化後の調整後EPSはわずか1.84ドルだった。ファイザーは本記事の執筆に当たり、経営幹部との接触を認めなかった。ブーラCEOは、1月の本誌インタビューで、2023年はファイザーにとって残念な年であったと認め、株価は「業績が社内の予想および社外の予想に対して未達となったために下落した。極めて残念な年だった」と話している。

ファイザーが最も大きく予測を外したのは新型コロナウイルス関連製品、具体的にはワクチンの「コミナティ」と抗ウイルス薬の「パキロビット」の需要だ。2023年の売上高を合計で215億ドルと予測していたが、125億ドル弱にとどまった。ゴールドマン・サックスのアナリスト、クリス・シブタニ氏は「乖離(かいり)の大きさがあまりも劇的で、不確実性に等しいと言える。経営陣に対する投資家の信頼を失わせるものだ」と話す。昨年1月の時点でコミナティとパキロビットの売上高を予測するのは、前例のない困難を伴っていた。米国政府が新型コロナウイルス関連の製品をすべて買い上げていたコロナ禍中の市場から、通常の関係者(保険会社、雇用者、政府の支払機関)で構成される商業ベースの市場への移行を経験したことがある者はいなかった。

ファイザーにとってより深刻なのは、この1年間で基盤事業と開発パイプラインの脆弱(ぜいじゃく)さが露呈したことだ。ファイザーのRSウイルス用の新型ワクチンの売上高は競合会社グラクソ・スミスクラインの後塵(こうじん)を拝し、潰瘍性大腸炎治療の新薬については、売上高予想を下方修正した。減量薬の開発も実を結んでいない。ファイザーは、2023年の米食品医薬品局(FDA)による新薬とワクチンの承認件数が過去最高を記録したと指摘し、これら新薬の発売によって、2030年にかけて特許切れとなる製品の影響は相殺されると予想している。

しかし、製薬会社の経営幹部を含め、医薬品市場について適切な解決策を持ち合わせている者がいないことは、最近の歴史が示している。メディケアの新たな価格ルールの波によって、医薬品業界はこれまで以上に予想が難しくなる。投資家はこの現実を受け入れるべきだ。大手製薬会社の株式をオートパイロットに任せておく時代は終わった。

原文 By Josh Nathan-Kazis
(Source: Dow Jones)
翻訳 エグゼトラスト株式会社

この記事は「バロンズ・ダイジェスト」で公開されている無料記事を転載したものです。