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テナントの賃料減額について

はじめに

 4月26日付の日本経済新聞(私は電子版で読みました。)に、「テナント休業で賃料交渉 民法が交渉カードに」という記事がありました。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58447520U0A420C2000000/

   この記事を読んで、なかなか難しい条文の解釈問題があると思いましたので、私なりに法律の説明をし、また考えてみたところを述べてみます。

民法の規定の説明

 まず、今年の4月から施行された、新しい民法の611条1項は、

 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。

 と規定しています。 

 これは、この新しい民法が適用される場合、

 ①賃借物の一部が
 ②滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった

 と言えれば、大家側に責任がなくても、(テナント側に責任がない限り)当然に賃料が減額されるということです。

 今回のようなコロナウィルスの蔓延で、テナントが営業できなくなった場合には、大家側にもテナント側にも責任がないことは明らかですので、確かにこの規定の適用が考えられます。 

 ただし、一応営業は出来ているけれど、テイクアウトでの販売に限られて売り上げが急減してしまったとか、営業をやろうと思えばできなくもないけれど、自粛をしている、といった場合にこの規定が即適用になるのかは難しい問題があります(この観点も日経新聞の記事でも指摘があります)。

問題点①

 すなわちまず、自粛をしている場合、営業を強行しようと思えばできたのであるから、本当に

  賃貸物が「使用及び収益をすることができなくなった」といえるのか

 という点が問題となりえます。
 この点は、「使用及び収益をすることができなくなった」という文言を柔軟に解釈するとともに、実際に営業を自粛せざるを得ない状況にあったのかを社会通念に照らして個別具体的に考えていくしかないのではないかと思っております(私見です)。


    ※細かい議論を書きますと、新型インフルエンザ等対策特別措置法24条9項に基づく協力要請に従って営業を休止する場合には、「使用及び収益をすることができなくなった」状態にあったといえるのか厳密に考える必要があると思います。なぜならば、この24条9項の要請は法的な拘束力がないからです。このような場合に、簡単に「使用及び収益をすることができなくなった」と言われてしまうと大家側にとっては賃貸借契約を結んで賃料を取り決めたにも関わらず、何かあれば容易にその地位が害されてしまうことになってしまって、賃貸借契約に対する信頼が失われてしまうからです。
 ただし、この場合一切「使用及び収益をすることができなくなった」と言えないかというと、それも妥当ではないと思います。なぜなら、そう考えるとと後述の45条の要請・指示が出るまで、無理をして営業を続けなければならない(逆に続けたもの勝ち)のような事態になるので、それも妥当ではないと思うからです。
 そこで地域の感染者の状況や、行政から休止要請を受けた業種であるのか、不動産のレイアウト等から工夫をして営業を続けることが困難であったのか、などを総合的に考えていくしかないのではないかと思います。
 ※一方、45条2項の要請や同3項の指示に伴って休業した場合には、強制力はないとしても事業者にはこの3項の指示にしたがう義務があり、2項の要請はその前提段階のものだと考えられますので、比較的「使用及び収益をすることができなくなった」と認定されやすいかと思われます。
 ※現在都道府県から出されている、一般的な休業要請は上記のうち24条9項に基づくものです。45条に基づく要請や指示は4月の後半になって営業を続けるパチンコ店などに対して出されたもので、最近ニュースになりました。
 ※大家の側が、商業施設全体を休業することを決めて、それに伴ってテナントが営業することができなくなった場合は、民法611条1項(もしくは536条1項)の適用があり、その分の賃料の減額を求めることが可能だと考えます。

問題点②

 次に、上記民法611条1項の規定は、賃貸の目的不動産が、

 ・部分的かつ物理的に使用できなくなった場合に、
 ・その使用できなくなった割合に応じて賃料を減額するということ

 を直接的には規定したものだと読めます。
 そこで、営業形態や時間が制限されたという場合にその割合に応じて賃料の減額ができるのかも問題となりえそうです。
 この点も、「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合」「その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。」という文言を柔軟に解釈する(あるいは611条1項を類推適用する)と共に、実際にそのような営業形態をとらざるを得なかったのか、を個別具体的に考えていくしかないのではないかと思っております(私見です)。
 私としては、このような予想し得なかった事態に際して、大家側とテナント側がバランスよく経済的な負担をするような立論が、よい解釈論なのではないかと思っています。

そもそも新しい民法の適用があるのか

 さらに、もう一つ問題があります。
 上記で述べてきた新しい民法は、今年の4月以降に契約を結んだり、合意更新をした賃貸借契約には適用されますが、それ以外の賃貸借契約には適用がありません。
 したがって現時点ではほとんど上記の新しい民法が適用される賃貸借契約はないと思います(この点も、日経新聞の記事でもちゃんと指摘されております)。


 この点、改正前の民法611条1項は

賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。

と規定していました。
※繰り返しになりますが、今年の4月以前に契約を結び、4月以降に合意更新もしていない賃貸借契約にはこの改正前の規定が適用されます。

 したがって、改正前の民法と比べて


その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合


 という文言がなく、不動産が物理的に「滅失」した場合のことしか規定していません。


 そこで、今回のコロナウィルスの蔓延によってテナントの営業ができなくなった場合に、この改正前民法611条1項によって賃料減額ができるかには、もう一つ、この改正前民法611条1項を物理的な滅失以外の場合にも類推適用できるかというハードルも加わります。

 手元の書籍を調べたところ、残念ながらこの点について直接言及したものは見つけられませんでしたが、私としては類推適用しうると考えます(日経新聞の記事の中で取材を受けている中野明安弁護士も同様に考えられているようです。)。
 ※民法611条は、後述の同536条の特則だと考えられるところ、あえて滅失の場合に限る合理性はなく、類推適用を認めてよいと考えるからです。
 ※また少し難しい話になりますが、大家側のテナントを貸す義務というのは、単に物件を物理的に貸せばよいわけではなく、使用収益するのに適した状態で貸す義務があると考えられているので、それを大家側が履行できなくなったと評価できれた場合には、改正前民法536条1項を適用する余地もあります。
 したがって、いずれにしても新しい民法が適用になるのかで結論が全然変わってきてしまうリスクは少ないと考えます。

改正前民法536条1項 
前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。

注意点 

契約書に記載がないかまず確認を
  注意が必要なのは、まず大家とテナントとの間でテナントが休業せざるを得なくなった場合について、上記民法611条1項と異なる契約を結んでいる場合には、その契約が優先します。
 そこで、まずはよく契約書を検討する必要があります。

住居の賃貸とは別のはなしです
 また、上の記載は、マンションやアパートの一室など住居を借りて住んでいる場合にコロナの影響で収入が減って賃料が支払えない、という場合とは関係がありません。
 その場合には、借りている部屋は住むという目的にとって使用可能ですので民法611条等は関係ありません。したがってこの民法の規定は頼りにできず、大家と任意に交渉してみたり、新たな立法措置等救済を待つ必要があります。

 いずれにしても、まずは契約書をよく確かめて、大家とテナントとの間で話し合ってみることが肝要かと思います。

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