この世界

ベビーカーを押しながら散歩をしていると鳩棒を持ったそこらへんのババアが鳩を蹴散らしつつ野良猫を愛でている光景にぶち当たった。

鳩棒とは、近づいてくる鳩を追い払うためにそこらへんのババアがホームセンターで買ってきた園芸用の支柱のこと。ここらへんのババア連中は緑の細長い棒を携えて緑道沿いのベンチに座り、鳩に限らず、とにかく寄ってくる猫以外のあらゆる生き物（人間を含む）に向かって棒を振り回している。たまにジジイもいっしょに。

鳩たちは無邪気に小石かなんかをついばみつつババアどもの前を通り過ぎようとするが、彼女たちにとって猫以外の生物に存在意義などなくて、鳩棒を持つババアは鳩棒をばっしんばっしん地面に打ち付けては、そもそもババアに近づくつもりなどさらさらない鳩やその他の生き物（人間を含む）の生活を脅かす。たまにジジイといっしょに。

息子はベビーカーに揺られて眠っていた。謂れないささやかな暴力が奏でる無機質な音が緑道の清々しい空気に染み込んでいた。ささやかだけど純粋な悪意が彼を包みこむ前に僕たちはババアとジジイの前を通り過ぎた。

息子はずっと眠っていた。彼だけの安全地帯で。

「君のいる世界はこんなんだけど、パパは君を守っていくよ」

まだ傷つく必要のない彼をつれて、僕はもう少し遠くへ歩いた。