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#009 不幸民族日本人と札束王子

『ちーがーうーだーろー!!このハゲェェエエ!!』
by. 豊田真由子元衆議院議員

豊田真由子氏のように吠えたくなることを私がぶった斬るPodcast番組。
「アラサーゲイの吠えたいラジオ」(以下吠えラジ)から第8回目の咆哮が配信されました。
これは、そのあとがき。是非、本編と合わせて読んでみてくださいね。

【フリートーク:不幸民族日本人について】

大抵ぶつかってくるときのおっさんって私の方見てないのよ。目を合わせようともしないの。ほんでもって、たいていおっさんの目は死んでるの。

こいつら絶対故意犯なのよ。間違いなく故意にやってんのよ。
ふざけんじゃないわよ。って話なんよ。
確信犯っていうのはよく使われますが誤用ですので、故意犯と言いましょう。

多分満たされてる人って何事においても余裕があると思うのよ。

例えば休暇とかもそうなんやけど、日本人てよく働きすぎなんて言われるじゃない?
そういうのが国民を結果として不幸にしてるんじゃないかしらってことなのね。
高度経済成長期にはそれも必要だったのかもしれないけれど、結果今見てみるとどうよ?ってことなのね。
例えば今日本製のスマホ使ってる人ってどのくらいいるの?
大抵の人がiPhoneだとは思うけれど、iPhone以外の人ってGalaxyとかGoogle Pixelとか使ってるわけだよね?多分。
働きすぎても生産性が上がってないことに目を向けるべきだと思うんだよね。
でも保守的に今までやってきた手法をガラっと変更する勇気もないから現状維持、結果新しい時代に追いつくことが出来ずに衰退の一途を辿っている、結果国民の不満はたまる一方でこうやって不幸な人が量産される。
っていう悪循環なんじゃないかな~と思うのね。
私、一応平成生まれなのでよく知らないけど、今より便利じゃなくても昔の人は今よりも幸せに生きてたんじゃないかしら?と思わなくもないんだよね。

私がインボイス制度の領収書書くのしくじった時でさえ、別に怒りははしなかったんよ。

どうやら私の会社の人たちは海外在住時にうちの会社に入社されているらしいので、そういった意味でもちょっとした文化の違いみたいなものがあるのかもしれないですね。
でも決してみなさん欧米諸国での在住ではなく、東南アジア諸国の日本よりも貧しい国で雇われていたそうです。
うーん。やっぱり便利じゃなくても、貧しい国でも幸せってあるんじゃないかしら。

コイツらバチ切れたやろな、ってパッと思いつく人が3人ほどおるんやけど、やっぱり3人ともどっかしら満たされへん何かがあったんやろなーとか思うわけ。

内1人は新卒で入社した会社の親会社の主任でした。
私が子会社で勤めていて、働きを見込んで親会社へ引っ張られたのですが、
多分主任的には上の人間が私を褒めるのが面白くなかったのだと思っています。妬み嫉み!
「所詮子会社の人間のくせに」という想いがあったんじゃないかなと思います。まさしく出る杭は打たれる。

残りの2人も多分似たような感じ。仕事の出来ない私が毎度こっぴどく叱られているのを見ていた人たちの中で"東風亭擁護派"団体みたいなのが結成されたことが過去にあったんですが、それが面白くなかったんじゃないかな~と。大して仕事も出来ないのに、そのくせわざとらしい頑張ってるアピールして何人か味方につけて…みたいな風に思われてたんだろうなと思うんです。まぁ真相はどれも分からないし、本当にそんな風に思ってたのかな?と思う部分もありますが、少なくともパッと思い浮かんだ3人は間違いなく私を嫌悪していました。それだけは間違いない。

めちゃくちゃ詰めたことは何回もあるけど感情に任せて怒るような指導って一度もしたことないんですよね。

感情任せに怒られるのは本当に嫌だったから。
怒られる側も怒られる側なりに考えて動いた結果だったりするのに、
そういったことに一切聞く耳を持ってくれない指導が苦痛だったから。
だから私は絶対に感情任せに怒鳴りつけない、と指導者になった時に決めておりました。
考え方、やり方を知らないだけなんですよね。だからそれを教えてあげるだけ。
そうすればちゃんと指導を受け入れてくれる子なら伸びていきます。
今までそれが伝わらなかった子には出会わなかったけれど、受け入れてくれない子であったとしても、こちらからのアプローチの方法を変えるだけですね。無能な部下はいないけど、無能な指導者はくさるほど世の中にいると思います。

少なくともピに当たり散らすようなことはなくなったので、本当に良かったなーて思います。

他人に感情をぶつけるってそもそもとっても異常なことなのよ。
感情のコントロールが出来ないってかなりやばいのよ。
まぁ元々ね?そういうヒステリー気質な方ももちろんいるし、
感情の起伏が激しい方がいるのも事実だから一概に絶対そう!とは言えないけれど、普段抑制できる人が他の物、者、事なんかに八つ当たりするようになったらそれは立派な心のSOS
私のような小心者はそれに気づけないこともとても多いので、誰かを傷つける前に自分でそこから脱してください。

あなたの戦場はここじゃない。

【おたより:札束王子について】

僕お金好きなんで。

Podcasterとしてこんなこと言っていいのかな?と不安になったやつです。
ハイパー小心者の私はこんな卑しくて醜い心の内をさらしていいのか?と、とても不安になったやつです。
お金はすべてではないけれど、すべてにお金は必要なんです。
そしてそのお金はかけがえのないものではない。いくらでも代えがある。
かけがえのないものやものは辛いよ。
「あの人がいないといきていけない」「これがないと生きていけない」という唯一無二の存在は失ったときの喪失感が本当に大きい。
だからお金が好きなんです。失ってもまた集めることができますからね。

札束王子に会いたければ、修羅の国、港区の民が開催するホムパとかに参加するともれなく出会えます。

私出会えなかったけれど、それはなぜなのでしょうか。
(記憶の彼方に道化と化していた自分の記憶があります…残念ッ!)
肩書もなんにもないただのそこらへんのオカマですからね。
そこらへんのオカマに与えられる肩書は道化者がお似合いでした。

札束の呼吸・壱の方「大盤振る舞い」 二の方「バーキンプレゼント」とかが次々続々やってくるわけですよ。

でもさ、やっぱ彼らも可哀そうよ。
そうすることで相手の気を引けてしまうんだもの。
仕事とかは好きだろうからどんどん向上心を持って取り組むんだろうけど、
人を好きなわけではないから、今よりもっといい人間になろう、とかは一切思わないんでしょうね。
そう考えると人間力を高める機会の少ない彼らはとても気の毒です。

【まとめ】

今回のポッドキャストを通して、私は自分の理解の範疇を越えるものは哀れみの眼差しをもって見下す傾向があることを理解しました(笑)
彼らからすれば私こそ何も持っていない人間なので哀れむ対象なんでしょうけど、何も持っていないからこそ、そこに何かを得ようとする意志がある分私の方が幾分かマシなんじゃないかなと自分では思います。

さて、今日はこの辺で、また次回の配信をお楽しみに!

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