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脳基盤モデルの構築に向けて

ディープニューラルネットワークは、入力を出力に変換する非線形の関数である。
つまり、やっていることは基本的に$${y=f(x)}$$の計算。これだけだ。この$${f}$$がものすごく複雑なだけなのだ。

脳も生物学的なニューラルネットワークであるならば、やっていることは$${y=f(x)}$$を計算しているだけのはずである。
脳の理解の仕方は多様だが、ここでは脳をブラックボックスと捉え、脳と同じ振る舞いをするモデルの構築を通して理解することを考える。つまり、入力を与えた際に脳と同じ出力をする関数(デジタル脳)を構築することを考える。

どのようなモデル構造が必要か?
どのような学習アルゴリズムが必要か?
それらは重要な問いで、注目が行きがちだが、ここではデータの集め方に注目してみる。 


関数推定のためのデータ収集

例として、部屋の温度を推定することを考える。1点からの推測だと、観測ノイズにより正確な値は取れないかもしれない。ただ、同じ場所からサンプルを多数とっても換気扇の横やエアコンの下などは温度が偏っているだろう。この場合はなるべく部屋の等間隔な場所から温度を測定するのがよさそうだ。

一方で、一般に関数の形状を探る場合に、等間隔にデータをとればよいというわけではない。ばらつきの小さいところよりも大きいところからデータを取得したほうが少ないデータ量で全体の形状を推測することができそうだ。ここら辺の話は、不確実性があり評価に時間や資源が多くかかる関数を最適化するための手法であるベイズ最適化などとも関連しそうだ(今回の目的は最大値や最小値の発見ではないが)。 

システム神経科学研究における探索

さて、神経科学に話を戻そう。脳の研究はどの程度探索が進んでおり、このような手法が適用できる余地があるのだろうか?

視覚の研究では様々な視覚刺激に対する脳・行動の応答を比較的簡単に計測することができるため、大規模な刺激提示実験が行われている。ピクセル数などによって探索空間は変わってくるが、視覚刺激を入力空間として、神経応答の関数の形を推定するようにデータを網羅的にサンプルするということも行えるかもしれない。

刺激として光遺伝学による特定の神経細胞の活性化・抑制を考えると、これもスケールさせてスクリーニングを行われている。脳の様々な領域を網羅的に刺激して、神経応答や行動を出力として計測することで、入出力関係のペアをデータとして集めるやり方だ。

一方で、意思決定タスクは対極的に探索が進んでいない領域だ。一般にマウスには1ビットの意思決定課題をトレーニングするのにも数週間~数か月の時間がかかる。International Brain Laboratory (IBL) は1つの行動実験について深く調べており、(それも重要な試みではあるが、)入力空間では1点である。すべての研究を合わせても、意思決定タスク全体の空間から見ればとてもスパースなものになるだろう。マウストレーニングの自動化など何らかの技術的飛躍が起きない限りこの状況は変わりそうになく、空間内でどこからデータを集めるか決定するのが重要だろう。

Toward a foundation model of the brain

細胞生物学の分野では、Aviv Regevらが細胞の基盤モデルを構築するための道筋についてディスカッションを行っている。そこでは、CRISPRを用いた摂動後にシークエンスを行うことで摂動が遺伝子発現にどのように影響するかを明らかにするPerturb-seqなどの実験的技術を、統計的因果推論の枠組みと組み合わせることで、生体分子回路の因果モデルの構築と、振る舞いの予測、操作が可能になるのではないかと論じられている。

神経科学においては、光遺伝学や化学遺伝学が、神経への摂動の方法として用いられてきた。感覚刺激に関しても前述のように視覚を用いた刺激は網羅的に行える。神経細胞は電気生理学とイメージングなど時系列情報を網羅的に取得する方法も発達しているため、脳が細胞よりも圧倒的に複雑という点を無視すれば、より刺激と応答の因果関係の推論には向いているかもしれない。現在の神経の摂動・記録の技術革新の波と入力空間の組み合わせ爆発に対処する数理・因果推論の解析技術が組み合わさり、脳の基盤モデルが完成する日が待ち遠しい。

参考文献

High-dimensional geometry of population responses in visual cortex | Nature
Transcranial optogenetic stimulation for functional mapping of the motor cortex - ScienceDirect
International Brain Laboratory
Toward a foundation model of causal cell and tissue biology with a Perturbation Cell and Tissue Atlas: Cell

ディープニューラルネットワークと脳のモデル構築を通じて、入力と出力の関数関係を解明することが目指されている。視覚などの分野では網羅的にデータ収集が進んでいるが、意思決定タスクのような領域では探索が遅れている。神経科学の技術革新と数理解析技術の発展により、脳の基盤モデル構築が期待されている。

ChatGPTを用いて要約
サムネイル画像はDALL-Eにより生成