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運動技能の記憶の秘密を解き明かす~運動皮質におけるNPAS4の役割~

幼少期に自転車に乗る特訓をした人は多いのではないだろうか?
自転車をこぎ、バランスをとる練習はツライものだが、一度乗れるようになると、何年か間をあけても再度乗れる場合が多い。
これは、"自転車に乗る"という運動学習の結果が、何年も記憶として我々の脳に残存していることを意味している。

記憶はエングラムと呼ばれる学習時に活動した特定の神経細胞群にシナプスの結合という形で物理的に貯蔵されていると考えられており、運動学習についても例外ではない。エングラムは興奮性の神経細胞(Pyramidal neurons: PNs)から構成されていると考えられているが、局所的な抑制性神経細胞(Somatostatin-expressing inhibitory neurons: SST-INs, Parvalbumin-expressing inhibitory neurons)の投射による修飾も重要であると示唆されている。

分子レベルでは、エングラムの活動と相関し神経回路の再編成にかかわるマーカーとして最初期遺伝子(IEGs)がよく用いられ、c-FosやArc、NPAS4がよく用いられている。運動学習においては、一次運動皮質(M1)の細胞種特異的に興奮や抑制がかかり特にSST-INsの軸索におけるブトンが減少することが重要であると知られていた。

一方で、この細胞レベルの機構にどのような分子レベルの過程がかかわるのかはわかっていなかった。また、運動学習には最初期遺伝子のArcの発現が重要であることがわかっていたが、神経細胞の興奮-抑制バランスを保つ機能が明らかにされているNPAS4の役割はわかっていなかった。

本研究は、運動学習によりNPAS4を発現するSST-INsが出現し、神経細胞間のシナプスの形成に重要な役割を果たすスパインを制御することでPNsの抑制を解除することを明らかにした。運動技能の習得において運動皮質で細胞種特異的にNPAS4が発現し、神経回路の編成によるエングラムの出現を誘導することが重要であることを示唆しており、分子レベルの機構と細胞レベルの機構をつなげた点に意義がある。

Yang, Jungwoo, et al. "Functionally distinct NPAS4-expressing somatostatin interneuron ensembles critical for motor skill learning." Neuron (2022).
https://doi.org/10.1016/j.neuron.2022.08.018

Methods

図1では、運動皮質でのNPAS4の発現をレコーディングしながらマウスに運動学習を行わせるためのセットアップが述べられている。2光子顕微鏡で観察しながら行える頭部固定リーチングタスクを設計した(図1A)。運動学習中のM1のPNsのシナプスに存在するスパインのダイナミクスを観測すると、学習初期にスパインが形成されたのち、それを補正するように選択的なスパインの除去が起こることが確認された(図1G, I, J)。

出典:本文図1

Results

図3では、運動学習によるNPAS4の発現誘導はSST-INs特異的であることを示している。細胞種特異的蛍光分子の発現と免疫組織染色を組み合わせることにより、運動学習がNPAS4を発現するSST-INsを増加させることが分かった(図3A,B)。

出典:本文図3

図4では、SST-INsにおけるNPAS4の発現が運動学習に重要であることが示されている。CRISPR-Cas9を用いて細胞種特異的なノックアウトを行うと、SST-INsでNPAS4をノックアウトした場合のみタスクの成功率が下がり(図4C)、学習におけるスパインのダイナミクスについても、NPAS4を全細胞種でノックアウトしたとき同様に新生スパイン数の減少が起こることが分かった(図4K)。

出典:本文図4
出典:本文図4

図5では、NPAS4の発現によってSST-INsのタスク依存的な活動が変化するかを調べている。2光子顕微鏡でのカルシウムイメージングとDeepLabCutによる行動トラッキングを組み合わせてSST-INsの神経活動をリーチング活動中とインターバルで比較すると、リーチング中により活動していることが分かった(図5C,E)。NRAM reporter systemを用いてNPAS発現細胞を特定しながらの神経活動のイメージングを行うと(図5A)、NPAS4発現SST-INsはNPAS4非発現SST-INsに比べて活動レベルが低いことが分かった(図5C,F)。最初期遺伝子は神経活動と正の相関を示すものが多いが、ここでは負の相関を示していることに注意する必要がある。これにより、トレーニングによって特定の細胞でNPAS4が発現することでスパイン新生が促進され、PNsの抑制を解除してタスクに関連した運動が安定化されることが示された。

出典:本文図5
出典:本文図5

図6では、NPAS4発現SST-INsの一部が運動学習を通した活動抑制を続けることを示している。学習初期にNPAS4を発現していた細胞中で学習開始1週間後、2週間後のNPAS4発現を記録すると、それぞれ4割、2割の細胞がNPAS4を発現することが分かった(図6D)。トレーニング7日目、10日目で蛍光のピーク値を低い活動を示し続けているNPAS4発現群とNPAS4非発現群で比べてみると、前者が低い活動を示すことが分かった(図6K,L)。

出典:本文図6
出典:本文図6

図7はNPAS4発現SST-INs細胞の活動上昇が、運動学習とスパインダイナミクスの調節を阻害するのに十分であることを示している。DREADDsを用いて化学的にNPAS4発現SST-INs細胞を活性化すると(図7B)、NPAS4をノックアウトしたとき同様、タスクの成功率が下がり(図7D)、新生スパインが減少することでスパインダイナミクスが変化することが分かった(図7G)。

出典:本文図7

Discussion

この研究で観察しているスパインダイナミクスの変化が、NPAS4の発現を介して運動技能の学習と維持に直結しているかどうかは疑問が残る。なぜなら、NPAS4ノックアウトによるスパインダイナミクスの変化は4日程度で起こる(図4K)のに対し、NPAS4の発現や低い活動状態を維持する細胞は1週間から2週間程度残る(図6K,L)というデータが示されており、タイムスケールが異なるためだ。より直接的にスパインと学習を結び付けるためには、2光子励起を用いた光遺伝学的なスパイン操作などの実験が必要になると考えられる。

考察では学習した行動ごとに異なるSST-INsのサブセットがNPAS4を発現し、特定の行動の修飾を行っているのではないかということが議論されており、エングラムの抑制性細胞バージョンのようなものが存在するようにもとらえられ、面白い。

海馬での記憶でc-Fosは記憶の汎化を、NPAS4は記憶の判別をという相補的な機能を担うことがわかっている。今回NPAS4について細胞種特異的な働きがわかったので、先行研究で分かっているArcの運動学習への寄与の分子機構とそのNPAS4との役割の違いが明らかになれば、より包括的な運動学習の神経機構の理解につながるだろう。

参考文献

記憶痕跡 - 脳科学辞典 (neuroinf.jp)
Emergence of reproducible spatiotemporal activity during motor learning | Nature
Subtype-specific plasticity of inhibitory circuits in motor cortex during motor learning | Nature Neuroscience
Motor Learning Consolidates Arc-Expressing Neuronal Ensembles in Secondary Motor Cortex: Neuron (cell.com)
Npas4 Regulates Excitatory-Inhibitory Balance within Neural Circuits through Cell-Type-Specific Gene Programs: Cell
Functionally Distinct Neuronal Ensembles within the Memory Engram: Cell

多くの人が自転車に乗る訓練を経験しており、その学習した技術は長年記憶される。この記憶は脳内の特定の神経細胞グループに貯蔵され、運動学習にはエングラムとしての神経回路の再編が伴う。特に、運動皮質でのNPAS4の発現が運動技能の習得に不可欠で、SST-INsの活動を通じて神経回路が再編成されることが示された。

ChatGPTを用いて要約
サムネイル画像の出典:https://doi.org/10.1016/j.neuron.2022.08.018