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情報で捉える生物学入門#5 【細胞生物学】

今回は生命の最小の構成単位である、細胞について深堀していく。細胞はリン脂質2重層からなる細胞膜によって環境から仕切られている。これによって、細胞内の化学反応(代謝ネットワーク)を外界から隔離し、生きている状態を維持することができる。さらに、細胞は細胞からしか生じず、細胞の視点から見れば、生物の遺伝も生殖も発生も、細胞が分裂したり融合したりを繰り返しているだけである。

細胞のこれらの特性は、情報の運び屋としての生命と密接に関連している。情報は制限なく混ざることを許してしまうと、無秩序化していく(エントロピーが増大化していくと言い換えてもよい)ため、外界、または他の情報との区切りが必要である。これを細胞膜が担っていると考えることができる。細胞分裂と遺伝はもちろん情報を伝えるプロセスである。


恒常性:生きている状態の維持

細胞の代謝と情報についてもう少し掘り下げていこう。
細胞が内部状態を維持することを恒常性という。生物の体温やpH、化学物質の濃度を一定の範囲内に収めるためには、外界の刺激を受容してゲノムから必要な遺伝情報を読み取ってタンパク質を創出し、応答するという一連の情報処理機構が働らく。これは、遺伝子が情報を伝えるという意味での情報とは異なる階層の話だが、ここでも生きている状態、つまり、生存に不可欠な変数を特定のレンジに収める、という情報を長期間にわたって維持していると考えることができる。

酵素による化学反応の制御

まず、恒常性を維持するための化学反応の制御について考える。
酵素は主にタンパク質から構成され、基質と結合して化学反応を触媒することで、特定の生成物の産生を促進する。恒常性を維持するためには、細胞内代謝の調節を行い、生成物の濃度を一定に保つことが重要である。ここで用いられるのが、フィードバック阻害である。この機構では、代謝経路の最終生成物が、その経路の初期段階の酵素反応を阻害することによって代謝反応の調節を行う。特に、その初期段階の酵素を活性部位とは別の部位に結合することによって阻害する場合、アロステリックな阻害という。一般にアロステリック酵素は複数のサブユニットが複合体を形成し、協調的に活性化状態と不活性化状態を遷移することで、非線形な基質と反応速度の関係による反応調節を実現している。この生成物が自身の生成を抑制するという負のフィードバックは、制御工学などでも用いられ、生物がのちにヒトが編み出しすことになる仕組みと同様の仕組みを何億年も前から進化によって実装しているのというのは面白い。

細胞と細胞小器官による恒常性の維持

生物は原核生物真核生物に分けられる。原核生物の細胞内は1つの区画からできていて(膜で囲われた細胞小器官をもたず)、遺伝情報を持つDNAは核様体として細胞質に局在している。一方、我々を含む真核生物は原核細胞と比べて大きな細胞を持ち、核膜で覆われた核内に遺伝情報を格納している。細胞質内には多様な機能を担い生体膜で覆われた細胞小器官が存在し、特定の酵素反応が効率よく進む仕組みとなっている。

以下では主要な細胞小器官を情報そのものの維持・エネルギー代謝・空間の制御という分け方で、どのように恒常性の維持にかかわっているかという観点から説明する。

情報の維持

は、2重膜の核膜で覆われた構造で、DNAを格納している。核では遺伝情報の媒体であるDNAの複製やmRNAの転写が行われるのに対し、それらは核膜孔を通り抜けて細胞質で機能するため、核は遺伝情報の保持及び管理に特化した器官であるといえるだろう。

リボソームはrRNAとリボソームタンパク質から構成される。核内で転写されたmRNAの配列に基づき、塩基3つ組(コドン)ごとにアミノ酸をペプチド結合で連結してポリペプチド鎖を合成する。遺伝情報を物理的に機能するタンパク質へと翻訳をする、タンパク質合成装置であるといえる。

エネルギー代謝

ミトコンドリアは、有機化合物を酸化することで化学エネルギーを取り出し、ATP(アデノシン三リン酸)としてエネルギーを生産する異化を行う。炭水化物から細胞呼吸によってエネルギーを取り出す場合、まず細胞質基質で解糖系が働いたのち、ミトコンドリアのマトリクスでピルビン酸の酸化とクエン酸回路という基質レベルのリン酸化が行われる。最後に、ミトコンドリアの主にクリステにおいて、電子が伝達される際に放出される自由エネルギーで膜内外の電気化学的勾配を形成し、これを利用した酸化的リン酸化によるATPの合成がおこる。これにより、グルコース1分子に蓄えられたエネルギーの最大34%がATPに変換されるといわれている。ATPは細胞内におけるエネルギーの通貨ともいわれ、恒常性の維持に不可欠なエネルギーを消費するあらゆる代謝反応で用いられているため、ミトコンドリアは細胞内の発電所のような存在である。

葉緑体は、植物細胞に存在する光合成のための細胞小器官である。光エネルギーをクロロフィルで受容して化学エネルギーに変換し、糖などの有機化合物を合成する同化を行う。光合成は第一段階の明反応と第二段階のカルビン回路に分けられる。葉緑体のチラコイド膜で起こる明反応では光エネルギーがATPなどの化学エネルギーに変換されるとともに酸素が放出される。葉緑体のストロマで起こるカルビン回路では化学エネルギーを用いた二酸化炭素の還元(炭素固定)と有機化合物の合成(糖合成)が行われる。ここで合成された有機化合物を材料として、ミトコンドリアで異化によるATPの生産が行われるため、葉緑体もエネルギー産生に寄与している。

空間・環境の制御

小胞体は、細胞質に広がる膜構造のネットワークで、粗面小胞体滑面小胞体の2種がある。滑面小胞体は、細胞間の情報伝達に重要なステロイドホルモンなどの脂質合成や、筋細胞や神経細胞での情報伝達に重要なカルシウムの貯蔵を行う。粗面小胞体は付着したリボソームで合成されたタンパク質の糖鎖修飾や輸送を担う。また、膜に囲まれた扁平な袋が積み重なったような構造を持つゴルジ体もシス面で輸送小胞を受け取り、タンパク質や脂質を修飾・分別してトランス面から細胞膜や他の細胞小器官に送り出す。血液型が糖鎖の違いにより規定されることからもわかるように、糖鎖修飾などの化学修飾はタンパク質の機能にさらなる多様性を生んでいる(情報をよりリッチにしている)。

リソソームは、主に動物細胞に存在し、加水分解酵素を内部に含んで不要な物質や老廃物を分解することで栄養物質を取り出すとともに、不要なタンパクを分解し再利用可能な分子としている。液胞は、主に植物細胞や真菌に存在し、pHと圧力の調節や老廃物の処理を行う。細胞内の乱雑さを減らし秩序を保つためには機能しなくなった器官を壊し、新たな器官で置き換えることが大切である。その意味で、老廃物の処理はpHや圧力の調節とともに恒常性の維持に働いているといえる。

細胞骨格は、細胞の形状を維持し、内部の構造を支えるタンパク質性の繊維状構造体である。細胞骨格はアクチンフィラメント、中間径フィラメント、微小管に分けられる。中間径フィラメントは細胞膜・核膜を裏打ちする。微小管、アクチンフィラメントはこの構造的支持の機能に加え、モータータンパク質と協働して細胞内での物質輸送を担う。さらに、アクチンフィラメントは収縮環や葉状仮足を形成することで細胞自体の変形・移動にも寄与する。これらは細胞内で各タンパク質、器官が適切に働くための空間を形作り、そこへ移動させる役割があるといえる。

情報の複製と細胞分裂

DNAの複製が情報をコピーすることにあたるという話を前々回した。しかし、情報を複製してもそれを格納する細胞が増えなければ単細胞生物は増えることができないし、多細胞生物は体を作ることができない。よって、生物は染色体DNAの複製後に、染色体を2つに分配し、新たな核に格納する有糸分裂と新たな核を含むように細胞質を分離する細胞質分裂を協調させる必要がある。しかし、よくよく考えてみると実際の生物では栄養状況によって細胞の成長速度は変わってくるし、DNAに変異が起これば分裂する前にそれを修復する必要があるので、これらの細胞周期は精巧に制御されなければならない。

細胞周期は4つの時期に分かれ、G1期は細胞成長やその他細胞種固有の役割が果たされ、S期に染色体DNAの複製が、G2期には細胞分裂の準備が、M期に細胞分裂が行われる。ここで、正しく体細胞分裂が起こることを保証するために、サイクリンとCDKという分子を中心にチェックポイントが設定されている。これは細胞に以下のPython風疑似コードで示すような例外処理が実装されているかのようである。

def cell_cycle():
    try:
        # G1/Sチェックポイント
        if not growth_signal_present():
            raise Exception("G1/Sチェックポイント失敗: 成長シグナルがありません")
        if not cell_has_grown_enough():
            raise Exception("G1/Sチェックポイント失敗: 細胞が十分に成長していません")

        # Sフェーズ:DNA複製
        replicate_dna()

        # G2/Mチェックポイント
        if not dna_replication_is_correct():
            raise Exception("G2/Mチェックポイント失敗: DNA複製エラーが見つかりました")

        # Mフェーズ:細胞分裂
        mitosis()

    except Exception as e:
        print(f"細胞周期が停止しました: {e}")
        # 修復またはアポトーシス(プログラムされた細胞死)
        repair_or_apoptosis()

細胞分裂には体細胞分裂のほかに、生殖細胞が配偶子形成の過程で一度だけ行う減数分裂がある。通常雌雄を持つ生物は両親から染色体を1セットずつ受け継ぐため二倍体だが、そのまま配偶子を体細胞分裂で形成しては子は四倍体になってしまうので、減数分裂により次世代を生み出す配偶子は一倍体となる。DNA複製をスキップして染色体を分配するのが最も簡単な一倍体を生む方法だが、減数分裂では染色体DNAの複製の後、父方由来の相同染色体と母方由来の相同染色体が対合して二価染色体となり、その相同染色体が分離した後に相同染色体内の姉妹染色体が分離するという2段階の過程を経る。

減数分裂で配偶子にどの程度遺伝的多様性が生じるか見積もってみよう。この過程で各相同染色体ペアの配偶子への分離は独立に起こるため、23本の相同染色体をもつヒトの場合、$${2^{23}}$$の組み合わせが存在する。また、相同染色体間では染色体ペア当たり1~3回交差による父方と母方由来の相同染色体の組換えが起こるとされており、これにより実質無数の遺伝的多様性が創出され、兄弟でも異なる遺伝子型、表現型を持つ理由となっている。

参考文献

細胞はリン脂質二重層からなる細胞膜で外界と隔離され、内部の化学反応を保護して恒常性を維持する。細胞の機能は、核やリボソーム、ミトコンドリアなどの細胞小器官によって支えられ、情報の保存やエネルギー代謝が効率的に行われている。また、細胞分裂はDNAの複製と細胞質の分離を精密に制御し、生物の成長や遺伝を支えている。

ChatGPTを用いて要約
サムネイル画像はDALL-Eにより生成